22時間目:社会保障

1.社会保障の四つの柱
 世の中には、お年寄り、病人、けが人、障害者、失業者、母子家庭など、本人が望んだわけでもないのに、厳しい、弱い立場におかれ、辛く苦しい生活をしている人たちが大勢います。そのような弱い立場に置かれている人たちの最低限度の生活を国がサポートすることが日本国憲法25条で規定されています。これは4時間目:基本的人権のところでもやりましたが、大事な条文なのでもう一度復習しておきましょう。

  ~第25条~
① すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
② 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上および増進に努めなければならない。

 この憲法25条で保障されている、国に健康で文化的な最低限度の生活の保障を求める権利のことを生存権といいます。そして、この生存権を保障するため、国が弱い立場にいる人たちを助ける政策のことを社会保障といいます。社会保障社会保険、公的扶助、社会福祉、公衆衛生という4つの柱からなっています。

 社会保険については、あとで詳しく説明するので、まずは、公的扶助、社会福祉、公衆衛生について説明しておきましょう。

●公的扶助
 公的扶助というのは、主に税金の中から、生活の苦しい人たちに対し、国がお金を給付する政策です。日本では、生活保護法によって行われている生活保護というのが、公的扶助のメインです。生活保護法によると、お金の給付の対象となるのは、生活扶助、教育扶助、住宅扶助、医療扶助、介護扶助、出産扶助、生業扶助、葬祭扶助の8種類です。申請すれば誰でももらえるわけではないですが、なかには、制度を知らなかったり、プライドが邪魔して申請できなかった結果、絶望し、最悪の事態となった事件も聞きますので、もしみなさんが「死んだほうがマシ」と思うぐらい生活が貧しい時は、公的扶助によって国に助けてもらう選択肢があることをぜひ知っておきましょう。

●社会福祉
 社会福祉というのは、障害者や高齢者、母子家庭など社会的に弱い立場にいる人たちを、主に税金を使ってサポートする政策です。みなさんの中にも、ノーマライゼーションハンディを持った人を特別扱いせず、同じ人間として扱う社会を作ろうとする考え)やバリアフリーハンディを持った人が生活するうえでの障害を排除しようとする考え)、ユニバーサル・デザイン障害、文化、性別、能力の違いがあっても同じように使える商品)という言葉を聞いたことがあると思いますが、これらを政府が実現するのが社会福祉です。

 具体的に言えば、高齢者のために老人ホームを作ったり、障害者のための作業所を作ったり、目の見えない人のための点字ブロックや音の出る信号機を設置することなどが社会福祉の一例です。

 ニュージーランドで生活していると、実にたくさんの障害者の人たちにでくわしました。彼らは松葉杖や電動式のミニカーを使ったり盲導犬を引き連れ、バスに乗ったり、散歩やショッピングをしたりしていました。あまりにも多いので「ニュージーランドは障害者だらけなのではないか」とも思ってしまいましたが、実は違います。逆に日本が、障害者が1人で散歩やショッピングできるような環境を整えていないため、障害者が外に出ることができず、家に閉じ込められてしまっているだけなのです。

 日本人だらけの日本社会において、「違っている人間」というのは、目立ってしまい、差別の対象となります。ただ、人間というのは1人1人違っているのは当たり前なのです。白人、黒人、先住民、アラブ人、アジア人など、違う人が住みまくっているニュージーランドでは、障害者に対しても、「自分と少し違っているだけの人」という観点で付き合うことができているのだと思います。そう考えると、社会福祉で大事なのは政府による政策よりも、日本人の「心のバリアフリー」を進めることなのではないかとも思います。

●公衆衛生
 公衆衛生とは、国民が健康に過ごせる環境を整える政策のことで、主に保健所保健センターがその仕事を担当しています。ですので、保健所がやっている仕事がほぼ公衆衛生だと思ってもらって結構です。

 実は授業でこんな説明をしても、今までは保健所がどんな仕事をしているのか、ピンとこない生徒がほとんどでした。しかし、コロナウィルスが大流行し、感染拡大を防ぐために保健所が奮闘する姿を目にしたおかげで、保健所の仕事がどんなものか知るだけでなく、保健所の重要さを感じた人も多いのではないでしょうか。なのでみなさん、保健所が行う伝染病対策などが公衆衛生だと思ってください。

2.社会保険
 では、4つめの社会保険については、とっても詳しく説明します。

 まず、さっき説明した、公衆衛生、社会福祉、公衆衛生の3つの財源はほぼ公費、つまり税金だと思ってください。ですので、これらの3つの政策で助けてもらえるのは、税金を払っている人たち=国民全員ということになります。

 それに対し、社会保険というのは、税金以外に社会保険料というのを払っている人しか助けてもらえません。つまり、国民たちから保険料を集め、保険料を支払った人が弱い立場におかれたときに、みんなから集めた保険料を使って、彼らを助ける制度が社会保険です。

 ですので、みなさんも大人になれば、税金以外にも社会保険料というのを国に払わないといけないというのをぜひ知っておきましょう。

 現在、日本政府が行っている社会保険は次の5種類があります。

社会保険の種類 内容
医療保険 ・保険料を払うことにより保険証を受け取り、保険証を見せれば、本人やその家族が、安い料金で治療を受けることができる。
年金保険 ・20歳から保険料を払い続けると、高齢者になった時点で、老後の生活費として老齢年金を受け取ることができる。
・その他にも、障害者になると障害年金、遺族には遺族年金が支払われる。
雇用保険 ・就業時に保険料を払っていれば、失業者になってしまっても、失業保険を受け取ることができる。
育児休暇・介護休暇をとっているときの手当金もここから支給される。
・失業者の能力開発事業、雇用安定事業の実施のためのお金も使われる。
労災保険 ・仕事を原因とした労働者の治療費が全額支給される。
・保険料は雇い主(企業)が全額支払う。
・労働を原因とした死亡事故(過労死を含む)に対して給付金を支払う。
介護保険 ・老化による介護が必要な状態になっても、安い料金で介護サービスを受けることができる。


●医療保険
 日本では国民皆保険・国民皆年金により、医療保険年金保険に加入することが義務付けられています。

 まずは、医療保険の説明です。医療保険には、次のようなものがあります。

医療保険の種類 内容
国民健康保険 自営業、農家などが加入。3割負担(幼児・高齢者は2割)。
健康保険 サラリーマンなどが加入。3割負担(幼児・高齢者は2割)。
共済保険 公務員などが加入。3割負担(幼児・高齢者は2割)。
後期高齢者医療制度 75歳以上の高齢者が加入。1割負担(高所得者は3割)。


 公務員である私は、医療保険の中でも共済保険に加入しています。その結果、私は毎月給料の一部を共済保険として国に納め、医療保険を払っている証明書として保険証を受け取っています。そして、持病の喘息が悪化し耳鼻科に行った時や、じんましんが悪化して皮膚科に行った時に受付でこの保険証を見せることにより、3割負担(7割引き)で診察を受けることができます。

 また、保険証は私が養っている2人の子ども分も受け取っています(奥さんは自分の職場で健康保険を払っており、自分の保険証を持っています)。よって、私は自分の医療保険を払うことにより、家族の医療費も安くすることができているわけです。

 みなさんも親から自立し、働くようになったあたりから医療保険を払うことを知っておいてください。そんな医療保険を払うことは国民の義務ですが、払わなかったからといって罰則があるわけではありません。例えば、私の友人は、フリーターとして働きながら、収入が少なかったので、医療保険を払っていない時期がありました。よって彼は保険証を持っておらず、もし病院に行ったら、高額な診察費を請求される状態だったので、高熱が出ても、薬局で買ったバファリンで耐えていました。まだ、耐えれる熱だったからよかったですが、もし彼が交通事故にあったり、手術が必要な大病を患ったりしたら、どれだけ高額の医療費を請求されていたのか、想像するだけでぞっとします。ですので、みなさんはぜひ医療保険に入るようにしましょう

●年金保険
 国民皆年金により、20歳の誕生日を迎えたら、年金保険を払うことも義務付けられています。年金保険をきちんと払っておれば、みなさんが将来、おじいちゃん、おばあちゃんになった時、老後の生活費として国から年金を受け取ることができます。そんな年金保険には次のようなものがあります。

年金保険の種類 内容
国民年金 ・20歳~60歳の全国民が加入する年金保険。基礎年金ともいわれる。
厚生年金 サラリーマンや公務員などが加入する年金保険。
国民年金基金 ・厚生年金に加入できない自営業や農家の人たちが、国民年金に上乗せする形で、任意に加入できる。

 まず、20歳になってからすべての国民が払わなければならないのが国民年金です。国民年金は、すべての人たちの基礎となる年金なので、基礎年金ともよばれます。ですので、20歳の誕生日が来たら毎月16610円(2022年)ずつ国民年金を払いましょう。特に収入の少ない若いうち(特に大学生)は、毎月16610円も払うなんて厳しいのですが、若いうちにきちんと国民年金を払っていれば、おじいちゃん、おばあちゃんになった頃、毎月6.5万円(2022年)の年金を受け取ることができる。それが、国民年金です。

 今の話を聞いて、「老後に6.5万円しかもらえんのか? たったそれだけのお金で生活できるんか?」と逆に老後が不安になった人もいるかもしれません。しかし、サラリーマンや公務員は、国民保険以外にも厚生年金というのも払います。なので私も、給料の一部から厚生年金を支払う(半額は事業主が払う)ことにより、国民年金しか払っていない人よりも多めに年金をもらうことができます。ということは、サラリーマンや公務員ではない、自営業や農家の人たちは本当に6.5万円しかないということになりますが、それが不安な人たちのために、国民年金基金というのがあります。ですので、自営業や農家の人たちの中で国民年金以上に老後に備えたい人は、国民年金基金を払うことにより、老後に国民年金+αの年金を受け取ることができます。

 実は、2015年まで、公務員は共済年金という年金を払っており、公務員は厚生年金よりもちょっと多めに年金をもらうことができたのですが、共済年金は2015年10月に厚生年金に統合されてしまいました。その結果、私が払っていた共済年金も厚生年金に代わり、もらえる年金も当初より少なくなってしまいました。残念です。

 そんな年金の集め方には、積立方式賦課方式があります。積立方式とは、国が国民から預かった年金を個別に積み立てておき、自分が積み立てた年金の中から、老後に年金を受け取る方式です。それに対し賦課方式とは、現在の若者から集めた年金を、現在のお年寄りに配る方式です。

 昔の日本の年金は積立方式だったのですが、積立方式だと、インフレが起きた場合、高齢者の生活が苦しくなるという欠点があります。例えば、年金を月5万円受け取っているおじいちゃんが、毎日コンビニで500円のお弁当を買って生活しているとしましょう。それが突然急激なインフレが起き、コンビニの弁当が1個5万円になってしまったら、年金のみで生活していたおじいちゃんの生活は成り立たなくなります。

 よって、その時々の高齢者の生活を支えるためには、その時々にあった金額の年金を若者たちから集め、その時々にあった金額をお年寄りに給付する必要があります。その結果、現在の日本の年金は賦課方式をメインとした方法で、保険料を集め、年金を配っています。

 私が20歳になり、初めて国民年金を払ったときの金額は月々11700円でした。それが気付けば2022年は16610円と、5000円近くも値上がりしています。この原因はもちろん少子高齢化により、年金を払う若者が減っており、年金を受け取る高齢者が増えているのが原因です。

 実際に、2005年からは、年金を払う若者の減少、平均寿命の伸び、経済の動向を考慮して年金の給付額を変更するマクロ経済スライドが実施され、年金の給付額が実際に減らされた年もあります。

 今の状況が続くと、若い人たちの中には「オレ達が老人になるころには、若者が少なすぎて、年金をもらえなくなるんじゃないか?」と心配している人もいると思います。確かに、今後も若者が納める年金の金額は値上がりを続けると思います。それでも足りない年金には既に税金が使われていますので、金額は減るかもしれませんが、国がつぶれない限り、私たちが受け取る年金がゼロになることはないと私は思っています。

 そうなるとあとは、国がつぶれないことを祈るのみですが、実際に日本がつぶれるような状態になってしまったとしたら、その時の私たちは年金どころではない大混乱の状態になっていると思います。

●雇用保険
 私たちは就職すると雇用保険を払います(半額は事業主が払う)。これによって、もしその後、私たちが失業したとしても、条件を満たせば、次の仕事が見つかるまでの一定期間、失業保険としてのお金を給付されます。あるいは、失業者が、新しい仕事を得るための能力開発事業、雇用安定事業などの資金も雇用保険から支給されます。また、育児休業や介護休業で仕事を休んでいる人たちにも雇用保険からお金が支給されます。

●労災保険(労働者災害補償保険)
 医療保険に加入し、保険証を持っている私は、病気やけがをしても3割負担で病院に行くことができますが、病院に行っても治療費がタダになることがあります。それが労災保険(労働者災害補償保険)です。労災保険は、労働者を雇っている事業主(会社側)が全額支払うため、我々労働者が負担する必要がありません。

 よって、みなさんの雇い主がきちんと労災保険を払っていれば、仕事を原因とした病気やケガをみなさんがしたとしても、病院の治療費、入院費等は全額無料になります。また、通勤中の交通事故なども、きちんと申請したルート上の事故であれば、これも無料です。

 その他にも、仕事を原因とした死亡事故などが起きた場合(過労死を含む)、この労災保険から遺族の人たちに給付金が支払われます。

●介護保険
 40歳になると介護保険を払わないといけません。介護保険をきちんと払っておくと、もしみなさんが寝たきり高齢者などの介護が必要な状況になっても安い利用料でホームヘルパーなどの介護サービスを受けることができます。

 介護を受けるためには、居住する市町村で要介護認定を受ける必要があります。しかし、市町村のよっては、ホームヘルパーの数が十分確保できていないこともあり、要介護認定の基準が厳しく、充分な介護を受けることができていないお年寄り、家庭も多いようです。その結果、日本の介護はまだまだ家族の力に頼る面も多く、90歳のおじいちゃんの介護を89歳の奥さんが担当したり、90歳のおばあちゃんの介護を70歳の娘が行うような老老介護問題となっています。

3.世界の社会保障

1601 エリザベス救貧法 イギリスでエリザベス女王が、税金を財源として高齢者や病人へ生活費を給付する。世界初の公的扶助といわれる。
1883 ビスマルクの
「アメとムチ」政策
ドイツのビスマルクが、労働組合運動を弾圧する社会主義者鎮圧法を制定する代わりに、疾病保健法を制定し、労働者から徴収した保険料を使って、失業者、病人、高齢者を救済する世界初の社会保険を整備。
1935 社会保障法 アメリカのルーズベルト大統領が、ニューディール政策の一環として行った、社会保険・公的扶助・社会福祉を3つの柱とした社会保障政策。世界で初めて社会保障という言葉を使用
1942 ベバリッジ報告 イギリスで、「ゆりかごから墓場まで」をスローガンに、政府が全国民の最低生活ナショナル・ミニマム)を保障する制度を提案。⇒第二次世界大戦後に実行
1944 フィラデルフィア宣言 ・国際機関ILO(国際労働機関)が発表した、世界各国に社会保障を充実させることを勧告した宣言。


 1601年にイギリスエリザベス救貧法が制定されました。この法律により、高齢者や病人へ生活費の給付が行われ、世界初の本格的な公的扶助が、このエリザベス救貧法から始まったと言われています。

 社会保険を最初にやったのはドイツ「アメとムチ」政策でした。1883年、当時のドイツの指導者ビスマルクは労働組合を弾圧するという社会主義者鎮圧法を制定する代わりに、疾病保険法を制定します。これにより労働者から保険料を徴収し、これらの資金を使って、失業者、病人、高齢者を救済するという社会保険を世界で初めて実施します。

 1935年にはアメリカ社会保障法が制定されます。この法律は世界恐慌に苦しむアメリカ経済を復興させるルーズベルト大統領によるニューディール政策の一環として制定されました。この法律では、社会保険と公的扶助と社会福祉が3つの柱として実行され、社会保障(Social Security)という言葉が世界で初めて使われた法律として有名です。

 そして、世界の社会保障の流れを大きく変えたと言われるのが1942年のベバリッジ報告です。これは、第二次世界大戦中のイギリスで政府の委員を務めていた経済学者ベバリッジさんがまとめた社会保障に関する報告書で、「ゆりかごから墓場まで」をスローガンに、政府が全国民の最低生活(ナショナル・ミニマム)を保障することを提案していました。そして、これが第二次世界大戦終結後、イギリスで採用され、主に北ヨーロッパを中心に、イギリス型の社会保障制度が広まっていきます。

 社会保障の重要性を世界が認識したのが、1944年のフィラデルフィア宣言です。国際機関ILO(国際労働機関)の総会で採択されたフィラデルフィア宣言では、労働者たちの権利を確保するために、各国政府が社会保障を充実させることが確認され、この当たりから世界中の政府が社会保障に取り組むことは、世界常識になっていきます。

 世界各国が実施する社会保障は、北欧型、大陸型、そしてアメリカ型に分類することができます。

●北欧型
 北欧型は、主に北ヨーロッパを中心に広がっている社会保障の特徴で、主に国民から集めた税金を使って充実した社会保障政策を実施します。例えば、スウェーデンイギリス、デンマークなどは北欧型の国で、これらの国々では、医療費や学費が無料であったり、子育て支援金が配られたりと、充実した社会保障政策が実施されています。しかし、それだけ充実した政策を実施しようとしたら、それだけお金も必要となるので、消費税が20%以上であったり、給料の半分以上を所得税として取られるなど、税金が高額であることもこれらの国の特徴です。言うなれば、高負担高福祉の国が、これらの国の特徴ということになります。

●大陸型
 それに対し、ドイツの社会保障は大陸型と分類されます。大陸型は社会保険を柱にした社会保障の形式で、国民から多めの社会保険料を集め、社会保険料を払った人たちに充実した社会保障を行うという形式です。これはまさに社会保険を世界で初めて実施したドイツだからできる、社会保険を重視した社会保障制度です。

●アメリカ型
 そして、アメリカは先進国の中では、珍しく社会保障政策をあまり実施しない国です。というのは、アメリカという国は建国以来、自分のことは自分で守るという自己責任の伝統が強い国です。よって、アメリカでは北ヨーロッパで見られるような充実した社会保障政策というのは行われていません。その代わり、アメリカはとても税金の安い国です。州によっては消費税(小売売上税)がゼロの州というのがあるぐらいです。ですので、アメリカは「税金をあまり集めないぶん、政府はみなさんを助けませんよ。自分で何とかしてね。」というのが基本方針なのです。

 そんなアメリカ型の特徴が一番出ているのが医療保険です。実は、アメリカでは、日本で実施されているような国民全員を対象とした公的医療保険が存在しません。言うなれば、国民の多くが国から配布された保険証を持っておらず、保険証を持っていない人が病院に行った場合、かなり高額の医療費を請求されます。

 アメリカで公的医療保険の対象となり、国から保険証が配られるのは、高齢者と障がい者(メディケア)、低所得者(メディケイド)のみで、その他の人たちは、民間保険会社が販売する医療保険に加入することになるのですが、保険料が高い+義務ではないため、基本的に金持ちの人しか民間の医療保険に入って、保険証を受けることができておらず、中間層の人たちは保険証を持っていない人がほとんどです。

 民主党のクリントン大統領やオバマ大統領が、日本のような国民全国民を対象とした医療保険制度を実施しようとしましたが、いまだに「自分の身は自分で守る」という自己責任がアメリカの基本的な考えであり、国が医療保険制度を始めてしまえば、民間の医療保険に誰も入らなくなり、民間の保険会社の経営が苦しくなるといった理由から、共和党支持者から反対され、実施することができなくなりました。

 そんな中、辛うじてオバマ大統領は医療費負担適正化法(通称オバマケア)を成立させ、公的医療制度を始めることができなかった代わりに、まだ医療保険に入れなかった人たちを援助して、民間の医療保険に入りやすくしました。この政策により、新しく2000万人以上の人たちが医療保険に入ることができましたが、それでもまだアメリカ国民全員が保険証をゲットできたわけではありません。よって、アメリカではいまだにすべての国民を対象とした公的医療保険制度がありません

●国民負担率

 世界各国の社会保障の特徴を、国民負担率のデータから比較してみます。国民負担率とは、国民が1年間に稼いだお金の中から、何%を国にぶん取られたかを示したデータです。税金でとられた割合租税負担率社会保険料として取られた割合社会保障負担率、これら2つを合わせたもの国民負担率といいます。日本でいえば、国民は稼いだお金のうち、26.1%を税金として取られ、18.2%を社会保険料として支払い、残った55.7%を自分たちで自由に使うことができるという計算です。

 国民負担率のほかに潜在的国民負担率というのもあります。潜在的国民負担率というのは、さきほどの国民負担率に財政赤字対国民所得比を(ーを+にして)加えたデータです。財政赤字対国民所得比とは、国民が1年間に稼いだお金に対するその年のその国の財政赤字、いわゆる政府の借金の割合のことです。政府の借金ということは、将来的に国民が税金を払って返すお金ですので、国民が未来に負担するお金ということになります。よって、未来に国民が負担するお金も計算に入れた48.7%が、2018年の日本国民の隠れた(潜在的な)国民負担率ということになります。

 これらのデータを見て、半分近くのお金を国に取られるなんてムカつくという人もいるかもしれません。しかし、ヨーロッパではスウェーデンなど、半分以上をとられている国がゴロゴロいますので、それよりはマシということです。ただし、これらの国では、税金が高いぶん、社会保障が充実している高負担高福祉の特徴があるというのはさっきお話した通りです。

 それに対し、アメリカの国民負担率は33.8%と、先進国の中では極端に少ないです。税金が少ない点ではうらやましいですが、これもさっき説明した通り、アメリカという国は、税金が安い代わりに社会保障政策をほとんどしない低負担低福祉の国であるので、こんなデータとなっています。

 この他に、大陸型ドイツフランス社会保険が充実している関係で、社会保障負担率が高くなっています。しかし、近年、フランスは、社会保険だけでなく租税負担率も高くなり、国民負担率全体で福祉大国と言われるスウェーデンを追い抜いてしまいました。特に、フランスでは少子化対策として子育て支援や教育支援が充実しており、税金がこうした分野に多く投入されていますが、どちらかというとまだ税金をばらまいているような傾向があり、スウェーデンのような福祉大国と言えるほど福祉が整っているわけではないようです。

●ベーシックインカム
 ベーシックインカムというのが世界的な話題となっています。ベーシックインカム(国民最低所得保障)とは、国が国民全員に一定のお金を配る代わりに、現在実施している生活保護、失業保険、医療保険、子育て支援などの給付を廃止するというものです。フィンランドなどでは、実験的にベーシックインカムが実行された例がありますし、スイスでは、国民に月約28万円のベーシックインカムを給付することを、国民投票によって決定しようとしましたが、結果的に否決されてしまいました。

 この時スイス人が心配したのが、そんなにくさんの金額のベーシックインカムをあげてしまうと、国民が安心してしまい、働かなくなってしまうのではないかということです。しかし、ベーシックインカムを採用すると、現在、国が国民たちに国配っている色んな種類のお金がなくなり、彼らから申請を受け、基準に従ってお金を配るという公務員の仕事がなくなるため、公務員数を削減でき、無駄な税金を使わなくてすむというメリットもあります。

 例えば、コロナウィルスの影響を受け、収入が減った人たちに国がお金を配ることになった時も、誰にいくら配るかの基準やルールや基準が複雑化し、公務員の仕事が激務になってしまいました。また、これらのお金を配るための事務費だけでも数億円の税金がかかってしまい、そんなややこしいことをするぐらいなら、ベーシックインカムを採用したほうがいいのではないかと、私も少し思ってしまいました。

4.日本の社会保障

1874 恤救規則 ・病人、高齢者、孤児などに対して行われた日本初の本格的な公的扶助
1922 健康保険法 ・日本で初めての公的医療保険(社会保険)制度。
1946 日本国憲法公布 ・憲法25条で生存権(社会権)を規定し、国民の社会保障を充実させることが国の目的となる。
1961 国民皆保険・国民皆年金 ・国民全員が、何らかの医療保険と年金保険に加入することが義務化される。
1973 福祉元年 老人医療の無料化(1983年に廃止)など、医療費の引き下げの実施。
・物価の上昇に合わせ年金の給付額も上がる物価スライド制の実施。


 日本では1874年に恤救規則が制定されました。この法律に従って、政府が病人、高齢者、孤児などに対してお金を給付するようになり、日本でも本格的な公的扶助が法制化されました。

 さらに、1922年の健康保険法により、公的医療保険制度が始まり、日本でも社会保険がスタートします。

 戦後の日本の社会保障政策において最も大きかったのが、やはり日本国憲法生存権の規定が盛り込まれたことでしょう。これにより日本でも健康で文化的な最低限度の生活を全国民に保障し、政府が社会保障に取り組むことが目標となりました。

 1961年には国民皆年金・国民皆保険が始まり、日本に居住する人は、何らかの医療保険と年金保険に加入することが義務付けられました。

 そして1973年は福祉元年と言われ、日本を福祉大国にするための画期的なルールが相次いで作られました。その中でも画期的だったのが、老人医療の無料化と、年金の物価スライド制です。みなさんもご存じの通り、お年寄りというのは、体が不自由で働きづらいにもかかわらず、病気やケガの危険性も高いというかわいそうな存在です。ですので、そんなお年寄りは病院にいくら行ってもタダにしてあげようというとってもお年寄り思いな政策が、老人医療の無料化でした。また、年金を物価スライド制にすれば、将来的に物価が上がったとしても、物価が上がったぶん、年金の支給額を増やしてあげれば、お年寄りの生活を安定させることができます。

 そんなとっても素晴らしい福祉元年のはずでしたが、福祉元年は内容は素晴らしくても、タイミングが最悪でした。というのが、この1973年というのは、第一次石油危機の年であり、せっかく日本の福祉を充実させるために税金をつぎ込もうと思ったら、予想以上の不景気になり、福祉に税金を使うどころではなくなってしまいました。その結果、老人医療の無料化も1985年に終了し、この頃から、日本の福祉政策も中途半端なものになってしまいます。

5.少子高齢化
 日本の社会保障において、一番の問題は少子高齢化と言ってもいいかもしれません。

 国連の定義によると、国民全体に占める高齢者(65歳以上)の割合7%を超えるとその国は高齢化社会、さらに14%を超える高齢社会と定義されるのですが、日本は1970年に高齢化社会に突入してから、たった14年後の1984年に高齢社会に突入するという、世界最速のスピードで高齢社会になってしまいました。いうなれば、この14年で日本政府が少子高齢化対策をほとんどしなかったので、このような結果になってしまったと言っていいでしょう。

 少子高齢化対策の一つとして、2006年に高齢者雇用安定法が改正されました。これにより、企業に対して①65歳まで定年を引き上げる。②継続雇用制度を導入する。③定年制を廃止する。のどれかを採用することを義務付けました。現実的には、高齢者の数が増えすぎて、とても60歳以上の高齢者の人たち全員を、年金だけで生活させる余裕なんてない状態です。しかも、60歳で定年を迎えた方々の中にも、まだまだ働きたいという人たちも多いようですので、まだまだ頑張っていただきたいところです。さらに言えば、若者の減少で人手不足の職場も多いようですので、申し訳ないですが高齢者のみなさんにももう少し頑張っていただかないと、日本経済も回らない状況になっています。

●合計特殊出生率

  人口に占める高齢者(65歳以上)の割合 合計特殊出生率
1949 4.8%(20人に1人が高齢者) 4.32人
2005 20.2%(5人に1人が高齢者) 1.26人
2020 28.9%(4人に1人が高齢者) 1.34人


 戦後間もなくの1949年には合計特殊出生率女性が一生に産む子どもの数の平均)が4.32人だったのが、その後、産まれてくる子供の数は減少を続け、2005年には歴代最低の1.26人にまで減ってしまいました。その後、一旦1.4人程度まで回復したものの、2020年は1.34人とまた減少してきています。

 先進国で言えば、積極的に少子化対策に取り組んでいるフランスが1.9人、福祉大国スウェーデンが1.7人、移民を中心に出生率が高いアメリカが1.7人程度です。日本以上に女性が働きにくく、子育てにお金がかかる韓国の0.9人よりはまだマシですが、2015年まで一人っ子政策を実施していた中国が日本とほぼ同じ1.3人です。

 昔のような大家族が減り、夫婦と子どもだけで生活する核家族が定着することにより、子育てにかかる労力は想像を絶するものになりました。私のように共働きで、両親が近くに住んでいない家庭だと、台風など(最近ではコロナ)で突然、保育園や小学校が休校になると、仕事を休んで、子どもの世話を一日中(一日ですめばいいのですが…)しないといけない時がよくあります。仕事を休んだ時点で明らかに仕事の進行は遅れ、同僚の先生たちに迷惑をかけているのですが、私は家のパソコンでできる仕事に取り組みながらも、昼ごはんの準備や子どもの相手など、本来、保育園や小学校の先生方がやってくださっている仕事もしないといけなくなり、疲れすぎて絶望を感じる時もあります。

 政治家が少子化対策に消極的な理由の一つとして、子育て世代が喜ぶ政策を実行しても、選挙の当選につながらないという点があります。国会議員選挙では高齢者の投票率が70%を越えているのに、20代の投票率が約30%、30代が約40%という状況です。それだと、政治家の先生たちは、子育て支援策よりもお年寄りが喜ぶ政策を実行したほうが選挙に通りやすくなるということです。

 あるいは、私自身、子育てを経験して感じたのは、子育てという仕事が社会的に軽い仕事とみられているように思います。育児というのはしょせん女がやる仕事だろ? 保育園の先生の仕事なんてこどもと遊ぶのが仕事なんだろ? 恥ずかしながら、子育てする前の私にも少なからずそんな甘い考えがあったように思います。しかし、行動を読めない子どもを安全に管理し、子どもの未来にいい影響を与えるように寄り添うという仕事は、大事な仕事であると同時に、とても高度な仕事であり、今はそんな仕事をしてくださっている保育士さんやうちの奥さんには感謝の気持ちしかありません

 そう考えると、今の私たち(特に男たち)に必要なのはこういう仕事へのリスペクトであり、具体的にはそんな素晴らしい仕事をやってくださっている保育士さんたちの給料を上げ、労働環境を整える。あるいは、子育てをしながら働くお母さん(お父さん)は、会社から帰っても、会社の仕事よりも大事な、高度な仕事を家でやってくださり、未来の日本を支えてくださっているのだから、積極的に育児休暇(遅刻・早退)がとれる制度の定着などが必要です。

 私たちが、じじい、ばばあになった頃、周りに子どもがほとんどいない、活力のない超高齢化社会になってからでは遅いです。お年寄りも、子どもも、お父さんもお母さんも、助け合いながら暮らすことのできる社会子育てが苦痛ではなく、楽しいと感じられる社会の実現を目指し、まずは、若い人たちが投票に行って、若者の投票率を90%ぐらいに上げ、政治家たちをビビらせてやりましょう!

2022年1月30日