14時間目:日本の企業

1.3つの経済主体
 経済という言葉はすごく漠然としてわかりにくいですが、簡単な言葉で表すならば、経済=お金の流れと考えればいいでしょう。世の中にはお金が出回っています。お金というのは基本的には1つの場所にずっととどまることはなく、日本中、あるいは世界中を移動しています。みなさんの財布の中にもずっと同じお金が居座り続けているというのはありえないと思います。そんなお金の流れを把握する学問が経済学です。経済学を勉強していくと、どうやったらお金がたくさん自分のところに流れ込み、どうやったらお金を自分のところから逃がさないことができるかというのがわかります。つまり、どうやったら金持ちになるかわかる、それが経済学なのです。ちょっとは経済学に興味を持ってもらえましたか?

 お金というのは家計、企業、政府という3つの経済主体の間を循環しています。


 この3つの経済主体のうち、政府については18時間目:財政のところで詳しく説明します。まず家計について少し説明すると、家計の人(お父さんやお母さんたち)は、企業で社員として働いたり、政府で公務員として働いたりして労働力を提供する代わりに給料をもらいます。しかし、家計では手に入れた給料を全て自分の思い通りに使えるかというとそうではなく、家計のお金の一部は税金や年金などとして国にぶん取られます。そしてこのように、給料の中から国に税金や年金などの社会保険料を支払って残った、家計が自由に使えることができるお金のことを可処分所得といいます。
 この図では、家計が企業に提供しているものとして労働力のみを書きましたが、その他にも家計は株を買ったりすることによって企業に投資資金を提供したり、土地や建物などを貸したりします。そして、その対価として配当金や地代なども受け取ります。

2.株式会社
 そして今回のメイン・テーマである企業についての説明です。日本には次のような種類の企業があります。

 この表の分類によると、むちゃくちゃたくさんの種類の企業が並んでいますが、数でいえば実際の日本の企業のほとんどは個人企業と株式会社で、あとの企業はほんのちょっぴりしかありません。

●無限責任社員と有限責任社員
 日本の企業の半分以上が、個人がお金を出して、個人が経営する個人企業ですが、これだと小さな飲食店や個人商店など小さな企業しか作れません。ですので、ある程度大きい企業を作ろうと思ったら、複数の人から多額のお金を集めて経営する会社企業を作る必要があります。そんな会社企業を作るためにお金を出してくれる人は無限責任社員有限責任社員に分けることができます。では、無限責任社員と有限責任社員という言葉について押さえておきましょう。社員といえば、通常は会社で働くサラリーマンのことを想像しますが、ここでいう社員とは「社員=出資者(会社の運営資金を出してくれている人)」の事を指します。普段使われている社員という言葉とは意味が違うので間違わないでください。
 例えば、飛垣内くんが無限責任社員として、ある会社を設立するときに500万円の資金を提供したとします。しかし、残念ながらこの会社がつぶれてしまいました。そうすると飛垣内くんはこの会社に提供した500万円を失うのは当たり前ですが、それ以外にもこの会社が銀行やサラ金などから借りた借金も、一緒になって返さないといけません。つまり、自分が出資した500万円以外にも、無限に会社の借金について責任を負わないといけないのが無限責任社員です。
 それに対し、飛垣内くんが有限責任社員として、ある会社に500万円を提供して、同じようにこの会社がつぶれたとしても、飛垣内くんは自分が出資した500万円を失うだけで、それ以外の会社の借金は責任を持つ必要ありません。つまり、私がアドバイスしたいのは、「無限責任社員にはなるな!」ということです。自分の家族などよほど信頼のおける人物が会社をおこすときでない限り、無限責任社員になることは、借金にまみれてあなたの人生を破滅に導きます。気をつけましょう。
 合名会社無限責任社員のみの出資で作られた会社で、合資会社無限責任社員、有限責任社員両方がいる会社です。しかし、これらの会社は会社企業の1%程度に過ぎず、会社企業の約95%は株式会社が占めています。

●株主のメリット
 株式会社は、株式を不特定多数の人たちに売ることによって多額の運営資金を集めることができます。そんな株式を買った人たちのことを株主といいます。株主は有限責任社員であるため、株式を買うという形である程度気楽に会社に資金を提供することができます。しかし、何かメリットがないと大金を払ってまで株式を買おうとは思いません。では、株式を買ったらどんなメリットがあるのでしょうか?

① 年1回程度、買った株式の数%程度のお金を配当金としてもらえる。
② 株式を高い時に売って売買して利益を得る(損することもある)。
③ 年1回の株主総会に出席し、一株一票の投票権をもって、取締役(社長や専務)の選出にも参加できる。

 株式を買うと、それだけでお金もうけができるチャンスがやってきます。例えば、100万円の株式を買って配当利回りが2%だった場合、2万円の配当金が株式を買った会社からプレゼントされます。ただし、配当金は会社の利益の中から支払われるので、会社がもうかっていないと配当金がもらえないこともあります。逆に言えば、会社がとてももうかっていた場合、たくさん配当金がもらえることもあるし、年に何度も配当金がもらえる会社も出てきます。また、配当金以外にも、株主になることにより、会社から特別の景品をもらえたり、特別なサービスを受けることができる株主優待を楽しみにしている人たちもいるようです。

 「この会社を応援したい!」という純粋な気持ちでその会社の株式を買うことにより会社に資金を提供し、配当金をもらって満足するような株主も確かにいますが、世の中の株を買う人のほとんどが、そんな純粋な気持ちで株を買うのではなく、値下がり時に買って値上がりした時に売って大儲けしたいというギャンブル的な発想で買う人です。ただし、株式というのはいつも値上がりするとは限りません。例えば、100万円で買った株式が50万円に値下がりしてしまうと、そんなときに株式を売っても、50万円を損するだけです。だからまた値上がりするのを待っていたのに、さらに30万円に値下がりしてさらに大損、何てこともありえます。だから、株式を買うときは、一番値段が安いときに買い、一番高いときに売るというテクニックとタイミングが必要なのです。そのためにも、株式を買っている人たちは毎日の株式の値段を新聞やテレビでチェックする必要があるのです。

●株主総会
 株式を買ってその会社の株主になると、基本的に年1回開かれる株主総会に出席することができます。株主総会は株式会社の最高意思決定機関で、その地位は会社の取締役(社長、副社長、CEO、専務、常務などの幹部)で開かれる取締役会よりも上ということになっています。しかも、株主総会ではその会社の取締役を多数決で決定することまでできます。ただし、ここでの多数決は1人が1票の投票権を持って投票するのではなく、1株につき1票の投票権で投票することができます。言い方を変えると、その会社の株式をたくさん持てば持つほど、株主総会での決定権が強くなり、さらにその会社の株式の半分以上を持ってしまえば、その会社の決定を自分の思い通りにして、自分が社長になってしまうこともできます。つまり、株式会社の株式の半分以上を買い占めてしまえば、その会社を乗っ取るM&A)ことができるのです。

 しばらく前の日本では、株式持ち合いというのが行われていました。これは、仲のいい企業同士でお互いの株式を買いあうことにより、第三者の企業からの企業買収を防ごうというものでした。しかし、バブル崩壊後、多くの企業がそんなことを理由に他社の株を買うような余裕がなくなり、株式を売却したため、最近では、株式持ち合いは崩れ、企業の代わりに個人や外国人が株式を多く買うようになりました。その結果、日本企業が海外企業に買収される例も増えてきました。

●所有と経営の分離
 さっき説明したように、株式会社では株主総会が最高機関であり、株主は株主総会に出席して発言し、会社の経営に口出しすることもできます。しかし、株主のほとんどは「もしその会社の経営が悪くなれば、株をすぐに売って逃げればいいや」ぐらいにしか考えていいない人たちであり、会社の経営には深く興味がありません。その結果、株主総会が重要なことは決めることはほとんどなく、取締役(社長、副社長、専務など)たちが自由に会社を運営することができている会社がほとんどです。つまり、株式会社の多くは、会社を所有するのはカネを出している株主だけれどもほとんど経営には口出しせず、実際の経営は経営者である社長たちが自由に行っていることから、所有と経営が分離しているといわれます。

3.会社法の改正
  それまでたくさんあった会社に関する法律が統合される形で、2005年に会社法が制定(2006年施行)されました。この法律の大きなポイントは次の4つです。

 ① 株式会社の設立に必要な資本金の最低金額を1円以上に
 ② 株式会社の取締役会設置義務の撤廃
 ③ 有限会社の新設禁止
 ④ 合同会社の新設

 ①②により、株式会社の設立が簡単になりました。それまでの法律では株式会社の設立には1000万円以上の資本金が必要であり、株式会社を作ったら取締役会を設置することが義務付けられていました。つまり、それまでは自力で10000万円を集めることができ、取締役会を開けるような大きい会社しか株式会社になれなかったのですが、株式会社を設立するためには多額の資本金も取締役会も必要なくなったので、ルール上はかなり気楽に株式会社を設立できるようになりました

 それまでは資本金が1000万円以上集められず株式会社になれない会社のために、資本金が300万円以上で設立できる有限会社と呼ばれる会社企業があったのですが、2005年以降は「資本金が1円以上で株式会社が作れるのだから有限会社はもう必要でないだろう」という理由で、有限会社の新設が禁止されました。というわけで、有限会社はもうありません・・・と言いたいところですが、私の家の周りでも「有限会社」の文字や有限会社を意味する「(有)」のマークをよく見ます。つまり、有限会社は新設が禁止されただけで、2005年以前に設立された有限会社は存続が認められています。聞くところによると、有限会社を株式会社に変更することはできるらしいのですが、手続きが面倒なことや、株式会社になってしまうとルールが厳しいことなどを理由に、有限会社を存続させている会社がたくさんあります。さらに、有限会社を名乗るということは、2005年以前から存続している伝統のある会社であることをアピールできるというのも、理由の一つにあるようです。

 有限会社に代わり、2006年からは合同会社という会社を設立することができるようになりました。ですので、株式会社が嫌な人は合同会社を作るというのもアリです。というのが、例えば私が株式会社を作ったとしても、(会社にいつもは関わっていない)株主たちが株主総会で決定することにより私が社長をクビになったり、会社が他人の会社に買収されてしまう可能性もあります。あるいは、せっかく会社が利益を上げたとしても(会社にいつもは関わっていない)株主たちに配当金の形で利益を取られてしまうというのもあまりうれしいものではありません。なので、会社法のルールに縛られてガチガチの株式会社と違って、合同会社では、会社の議決方法、利益の配分などを自分たちで勝手に決めることができます。ですので、株式会社のように大掛かりに資金を集める必要がなく、小規模な会社で十分であれば合同会社を設立するのもいいかもしれません。

4.企業の社会的責任(CSR)
 企業の目的はもちろん「利益の追求」、つまり、たくさんのお金を儲けることですが、利益を上げることばかりに気をとられてしまうと、企業は手段を選ばなくなり、ライバル企業だけでなく、消費者、社員を犠牲にしてまで利益を上げようとする恐ろしい企業になってしまう可能性もあります。その結果、その企業の存在自体が社会にとって害になる・・・。みなさんはそんな企業で働きたいと思いますか?
 そんな事態を防ぐために、最近では企業の社会的責任(CSR)が強調されるようになりました。例えばこのようなものがあります。

コーポレートガバナンス
(企業統治)
不祥事を防止するために、企業の経営を監視・規律することとその仕組み。
※企業経営の健全化のため、社外取締役を採用する企業も増加。
コンプライアンス
(法令遵守)
企業は法律や規則に基づいて活動するという原則。
ディスクロージャー
(情報公開)
企業が顧客や取引先などに対して、経営内容に関する情報を公開すること。
アカウンタビリティ
(説明責任)
企業にかかわりを持つ顧客、従業員などに対して、組織の予定、内容、結果を報告する義務があるとする考え。
メセナ 企業による、スポーツや芸術など文化活動に対する社会貢献活動。
フィランソロピー 企業による、慈善目的の寄付、緑化活動の支援など、地域や福祉などへの社会貢献活動。


 いい商品・サービスを生産することも含めて、社会の役に立っていないと企業は存在意義がないと思います。それがわかっていながら、生活や地位・名誉などが関わってくると、私たちは不正に手を染め、自分の会社を悪徳企業にしてしまう危険性もあります。辛い時はあるかもしれませんが、正しい筋の通った行動をしていれば、例え企業が倒産の危機に追い込まれたとしても、這い上がれるチャンスはまたやってきます。きれい事かもしれませんが、みなさんには、働くからにはそんな意識を持ち続けて、立派な社会人になって欲しいと思います。

5.多国籍企業
 グローバル化が進む中、世界中に進出し、世界中に支社や支店を持つ多国籍企業が増加していました。日本を代表するトヨタ自動車やパナソニックの電化製品は世界中の工場で生産されて売られていますし、日本国内でも、アメリカ発の会社であるマクドナルドやスターバックスが全国に展開しています。
 多国籍企業は、基本的には、新たな市場を獲得しようとしたり、安価な労働力の確保しようとしたり、貿易摩擦を解消させることを目的に外国に進出することが多いのですが、中には、タックス・ヘイブン(租税逃避地)を求めて、パナマやケイマン諸島などに移転する場合もあります。
 タックス・ヘイブンと呼ばれる国・地域では、法人税など企業に課せられる税金が極端に低かったり全くなかったりしており、税金をごまかすことを目的として、多くの企業がこれらの国・地域に移転しています。本来、これらの優遇制度は、外国から企業を呼び込むことを目的としており、本当に外国の企業がこれらの国にやってきて、本社ビルや工場を建てるのであればまだ分かるのですが、実際には、多くの企業がこれらの国・地域に手続き上移転したことにするペーパーカンパニーであるのが現状です。

6.市場の失敗
 アダム・スミス自由な経済活動を絶賛し、「自由な経済活動を行えば、神の見えざる手に導かれて、国民全員が幸福(ハッピー)になれる」とまで言い切りました。しかし、実際には、前回の授業でも説明したように、自由な経済活動では、貧富の差が発生したり、不景気により失業者が発生してしまうなどの問題が発生してしまいました。自由な経済活動のことを市場経済といいますが、この市場経済では、アダム・スミスも予想できなかったいくつかの欠点があったため、全員が幸せになることはできませんでした。そんな市場経済の欠点のことを市場の失敗といいます。以下に4つの市場の失敗について説明します。

①独占企業の発生
 まずは独占企業の発生です。自由な市場経済のもとでは、要領のいい会社はぐんぐん売り上げを伸ばして大企業となることができますが、あまりにも強力な大企業が出来上がってしまうと、少数の大企業がその業界での売り上げを独占してしまって、中小企業は太刀打ちできなくなってしまいます。

 例えば、自動車業界、ビール業界、パソコン業界などでは少数の有名企業が業界内の売り上げを独占してしまっていている状態です。みなさんの周りでも、携帯電話と言えば、ほとんどの人がNTTドコモ、au、ソフトバンクと契約していると思いますし、近所のコンビニと言えば、セブンイレブン、ファミマ、ローソンが全国のほとんどの売り上げを独占してしまっています。
 正式には、1つに企業による独占をそのまま独占というのに対して、少数の(複数)企業による独占のことを寡占といいます。ただ寡占という言葉はいまいちピンと来ないので、この授業では独占と寡占の言葉の意味の違いだけここで確認してもらって、寡占のことも独占という言葉を使って説明したいと思います。ご了承ください。

 独占企業が発生してしまうとどんな問題が起こるのでしょうか? 例えば私が、すばらしい自動車を発明し、新しい自動車会社を作って車を売ろうとしても、今のように、トヨタや日産などの有名自動車会社が売り上げを独占してしまっている状況では、わけのわからない「トビ自動車」の車なんて、見向きもされない可能性が高いです。つまり、独占企業の発生は、新しい会社を起こそうとする挑戦者を打ちのめし、新規参入をしにくくします

●管理価格
 さらに、独占企業の発生は商品を買う消費者にとってもうれしいことではありません。独占企業が発生すれば、大企業により管理価格が設定されてしまうからです。管理価格とは、プライス・リーダー(価格先導者)とよばれるその業界で最大手の企業が決めた価格に他企業も従うことにより決定される価格のことです。仮に350mlの缶ジュースのジュース代が10円、缶代が15円、つまり1本25円で作ることができるとしましょう。そうすると、この缶ジュースは50円で売っても25円の利益があるということですが、この缶ジュースやジュース会社のブランドが定着し、ジュース業界の売り上げを独占できるようになると、私たちはこのジュースが少々高くても、例え130円で売っても買うようになります。つまり、現在、自動販売機で売られている1本130円という缶ジュースの価格は、ジュース業界売り上げ最大手コカ・コーラ・ボトラーズが決定した高めの管理価格であると言われています。

 そして、このように最大大手企業が決めた価格に他の有名企業も従うというのが管理価格の特徴です。ライバルであるコカ・コーラボトラーズが130円でジュースを売り始めたということは、通常の市場競争では、他のライバル企業は、130円よりも安く売るという価格競争を挑めば、コカ・コーラよりたくさんジュースを売ることができ、我々消費者も安くジュースを買えるということになります。しかし、コカ・コーラボトラーズに次ぐ有名ジュース会社であるキリン・ビバレッジ、サントリー、アサヒ飲料も十分ブランドが浸透しているので、コカ・コーラが決めた130円に値段をそろえて売っても十分に売れるし、もちろん高く売ることもでき、コカ・コーラ・ボトラーズに次ぐ利益を確保できます。それに対抗してもし、国民の味方、正義の味方のトビ・ジュースというジュース会社が1本50円の良心的なジュースを販売したらどうなるでしょう? みなさんは自動販売機に130円のコカ・コーラと50円のトビ・コーラが並んでいたらどちらを買いますか? うさんくさいトビ・ジュースよりも、ブランドの知れたコカ・コーラを少々高くても買ってしまう人が多いと思います。そう考えたら本来安いものを高い値段で買わせる管理価格は消費者の敵だということになります。みなさん、怒りましょう! そして、コカ・コーラを飲まないようにしましょう! といっても飲みたくなるのがコカ・コーラ・・・。というわけで、私はみなさんを裏切って、これからもコカ・コーラを飲みます。

●非価格競争
 以上のような理由から、独占の進んだ業界の商品は、同じような価格で売っているものがほとんどです。缶ジュースは130円、ペットボトルは160円、板チョコは110円、カップアイスは140円、コンビニ肉まんは130円といった具合です。その結果更なる問題が発生します。通常、商品というのは、お客さんに買ってもらおうと思ったら、値下げするという価格競争を行うことがありますが、管理価格では値段が固定されており価格競争ができません。だから、企業は値下げ以外の競争である非価格競争をするようになります。非価格競争の中には、製品の品質をアップするとか、アフターサービスを充実させるなどの私たち消費者にとってプラスになるものもあるのですが、現代の非価格競争の中で最も激しいものがCM競争です。

 非価格競争では、他企業との差別化を図るために宣伝広告費に多額の資金がつぎ込まれます。例えば、独占業界で有名な携帯電話業界では、NTTドコモ、au(KDDI)、ソフトバンクが個性的なCMを作っていますが、これらのCMには、映像加工やセットなどの製作費にお金がつぎ込まれているのはもちろんのこと、有名なタレントのCM出演料に1人当たり何百万、何千万円ものお金がつぎ込まれており、CM総製作費は数億円にも及ぶと言われています。もちろんこれらの費用は企業の利益から支払われており、企業の利益ということはみなさんが携帯電話会社に支払った携帯電話使用料を使ってこれらの高額のCMが作られているということもできます。ということは、携帯電話会社があのような豪華なCMを制作しなければ、我々の携帯電話代ももっと安くすることができるということです。そう考えると非価格競争というのは、消費者にとってはよけいなものだといえるのかもしれません。

●価格の下方硬直化
 管理価格というのは値段が上がる一方で下がらなくなる価格の下方硬直化と呼ばれる現象も引き起こします。その会社のブランドがますます強力になり、CMなどの非価格競争に会社がお金をかけ過ぎると、その経費を商品の値段に上乗せするため、商品の更なる値上げが引き起こされます。

 例えば、私が中学生の時には缶ジュースは100円だったのですが、その後110円、120円、130円と確実に値上がりしていきました。これは、それぐらい値上げしても売れるという自信をジュース業界のプライス・リーダーであるコカ・コーラが持っているという理由もありますし、オリンピックのスポンサー料や多額のCM制作費などで経費が多くかかるようになってきた背景もありました。独占企業がもうけを増やすために価格を引き上げ、我々の生活が苦しくなる・・・、管理価格はまさに消費者の敵であると思います。

●独占禁止法と公正取引委員会
 このような独占企業の発生が悪いことであるということは政府もわかっています。だから日本政府は独占禁止法という法律を制定し、公正取引委員会という機関が独占禁止法の取り締まりを行ってきました。例えば、独占禁止法では次のような形態が禁止・制限されています。

カルテル(企業連合)・・・同業種の企業が話し合いを持ち、商品の価格などを同一のものに取り決める。
トラスト(企業合同)・・・同業種の企業が合併し、経営規模を大きくする。
コンツェルン(企業連携)・・・異なる業種の企業集団を親会社(持株会社)が中心となってまとめ上げ、巨大企業グループをつくる。

●カルテル
 カルテルと管理価格の違いがよくわからなくなる人が多いですが、カルテルによって決定する価格は同業の企業が極秘に話し合いを行うことによって決定するのに対して、管理価格はプライス・リーダーが決定した価格に他の企業が勝手に従うだけという特徴を持ちます。つまり「話し合いがあった=カルテル」、「話し合いなし=管理価格」という風に覚えましょう。なお、カルテルで結ばれるのは販売地域や生産計画など、価格だけではありません

 カルテルを結ぶことは独占禁止法で禁止されています。しかし以前は、不況のときにだけ特別にカルテルを結んでもよい不況カルテルと、商品の欠陥を改善するために一定期間一定の価格で売ることが必要であると認められた場合だけ結んでもよい合理化カルテルというのが認められていたのですが、1999年の独占禁止法の改正により、現在では全てのカルテルが禁止されています。

 カルテルが禁止されるということは、価格というものは自由競争によって決まらなければならないということになるわけですが、例外として、電気やガス、電車賃などの公共料金は議会や政府の指導のもと、決定されます。また、1953年の独占禁止法改正により導入された再販売価格維持制度により、同じような種類の本、新聞、雑誌、CDなどは同じ価格で売ること(定価販売)が義務付けられています。なぜなら、例えば、サザンオールスターズのCDアルバムを5000円で売っているのに対し、新人歌手の飛垣内のCDアルバムが1000円で売っていたとしましょう。たとえ高くても、人気バンドのサザンオールスターズのCDは売れまくるし、もし奇跡的に飛垣内がサザンオールスターズと同じ枚数CDを売ったとしても、売り上げ金額はサザンオールスターズが飛垣内の5倍になってしまいます。つまり、これほどの資金力の差がついてしまえば、音楽業界において売れる歌手と売れない歌手の差がなかなか縮まらないということになりますし、新人が育つこともできません。というわけで、このように、価格を決定してしまうことによりむしろ独占を防ぐことのできる分野では再販売価格維持制度により定価販売が認められています。

●トラスト
 トラスト同業種の企業が吸収・合併し合ってさらに大きな企業になることです。分かりやすいトラストで言えば、次のようなものがあります。

  2003年 スクウェア + エニックス = スクウェア・エニックス(ゲーム会社)
  2006年 タカラ + トミー = タカラトミー(おもちゃ会社)
  2018年 ファミリーマート + サークルKサンクス = ファミリーマート(コンビニ) 
       ※ファミリーマートがサークルKサンクスを吸収

 堂々と行われていることからもわかるように、トラストは禁止されているわけではなく制限されているにすぎません。ですので「あまりにも巨大な企業のトラストはやってはいけない」ことになっているわけですが、私の感覚で言えば、上の企業の合併は十分巨大な企業だと思います・・・? というわけで、トラストは制限されていると言いながら、公正取引委員会の判断に任されており、公正取引委員会が許可を出しまくっている現状を見ると、果たして本当に制限されているのかどうか・・・我々庶民にはわかりにくい状況です。

 また、同業種ではなく、違う業種の企業を吸収合併することをコングロマリット(複合企業)といいます。コングロマリットと聞いて私がまず思い浮かべるのが、日本有数の企業であるソフトバンクです。ソフトバンクという会社は元々パソコンソフト開発会社として始まりました。私がソフトバンクという会社を知ったのは、検索エンジン会社「ヤフー」を設立した辺りからですが、その後、ソフトバンクはプロ野球球団「ダイエーホークス」を買収して「ソフトバンクホークス」を設立したり、携帯電話会社「ボーダフォン」を買収して携帯電話事業にも参入するなど、まさに他業種を吸収合併して巨大なコングロマリットとなっていきました。

●コンツェルン
 コンツェルンとは、親会社が中心となっての多くの企業を支配し、強大な企業グループを作り上げることです。コンツェルンのトップに立つ親会社のことを持株会社といいます。持株会社とは、多数の子会社の株式を持つことを専門とする会社の事で、何かを作るのではなく、子会社に指示を出しながらグループ全体をまとめる役割を果たします。子会社の株式を過半数持っていれば、その会社を思い通りに動かせることは株式会社のところでもう勉強しましたよね。

 第二次世界大戦までの日本では、三井、住友、三菱、安田などの財閥が、巨大コンツェルンを作り、日本経済を支配するだけでなく、政治に対しても大きな力を持ち、第二次世界大戦という悲劇を引き起こす原因にもなってしまいました。第二次世界大戦が終結すると、アメリカ軍の提案により独占禁止法が制定され、財閥が復活できなくするために、財閥の中心企業となる持株会社を設立することが禁止されました。これにより、日本ではコンツェルンと持株会社を作ることは長らくできなかったのですが、1997年の独占禁止法の改正により、持株会社は再び作ってもいいことになりました。理由は、長引く不況により、日本の金融機関を中心に、日本企業の元気が無くなってしまったので、コンツェルン設立を可能にすることによって、外国企業に対抗しようとしたわけです。この話は17時間目:金融のところでもう1度詳しく説明します。

 持株会社のいくつかは、〇〇ホールディングスという名前が付けられています。みなさんがCMでよく名前を聞く持株会社と言えば「セブン&アイホールディングス」なのではないかと思います。セブン&アイホールディングスは、コンビニ「セブンイレブン」やスーパー「イトーヨーカドー」、デパート「そごう西武」などをまとめる持株会社で、「セブン」はもちろん「セブンイレブン」、「アイ」は「イトーヨーカドー(Ito-Yokado)」のアイからきています。

 コンツェルンを作ることは、トラストと同じく禁止ではなく制限に過ぎません。そうなるとどこまでのレベルのコンツェルンまで許すかは公正取引委員会の判断ということになるのですが、トラストと同じく、現在の日本では、巨大なコンツェルンが作られまくっています。そんな巨大企業たちが売り上げを伸ばすことにより、確かに日本全体の景気は良くなってきた気もするのですが、一部の企業グループが利益を独占し、力を持ちすぎることが危険であることは、戦前の財閥が物語っています。

②外部効果の発生
 アダム・スミスは、自由な経済活動(市場経済)を採用すれば、生産者(売り手)は商品を売ることによって利益を得てハッピーになり、消費者(買い手)は欲しかった商品を手に入れることによりハッピーになる。つまり、神の見えざる手に導かれて、すべての人たちがハッピーになる! と言い切りました。しかし残念ながら、アダム・スミスには生産者と消費者とは関係ない第三者に経済活動が影響を与えるという外部効果の発生という視点が抜けていましたため、残念ながら全員がハッピーになることはできませんでした
 そんな外部効果には外部不経済外部経済の2つがあります。

●外部不経済の発生
 自由な経済活動によって売り手と買い手をハッピーにする活動が、気付かないところで第三者を不幸にしていることがあります。このことを外部不経済といいます。例えばこんな例があります。

・ 工場で商品を生産 ⇒ 周りに住民が公害による被害を受ける
・ 大型スーパーの開店 ⇒ 周りの住民が交通渋滞で迷惑する。

 工場で商品を生産すると、生産者は生産した商品を売ることによってハッピーになり、消費者も商品を買ってハッピーになることができるかもしれませんが、この商品の取引と全く関係のない地域の住民が、工場からの公害によって苦しめられ、不幸になるかもしれません。
 あるいは大型スーパーを建設した場合、お店は商品を売ってハッピーだし、お客さんも商品を買ってハッピーになれるかもしれませんが、そのためにスーパーの周りが客の車で大渋滞なんてことになれば、周りの住民が迷惑します。このように、自由な経済活動は気づかないところで第三者に迷惑をかける外部不経済を発生させていることがあります。

●外部経済の発生
 また、外部不経済の対義語で外部経済というのがあります。これは売り手と買い手の経済活動が第三者に不利益を与える外部不経済とは逆に、売り手と買い手の経済活動が第三者に利益を与えることをいいます。例えばこんな例があります。

・ 温泉ホテルの開業 ⇒ 周りの飲食店ももうかる
・ 工業団地の形成 ⇒ 労働者のために路線バスが開通し、地元住民も利用できる

 温泉ホテルが開業し、ホテル側と温泉客がハッピーになれると思ったら、周りの飲食店にも温泉客が立ち寄り、飲食店もハッピーになった。あるいは工業団地ができて、商品を生産する生産者とその商品を買う消費者がハッピーになると思ったら、工業団地のおかげで路線バスが開通し、もともと工業団地の周りに住んでいた人たちの生活が便利になった。など、自由な経済活動は思わぬところで第三者に利益を与えることがあります。このことを外部経済といいます。

 外部経済はいいことなので、市場の「失敗」ではないような気がするのですが、アダム・スミスが想定していた市場(売り手と買い手の間)と関係のない所に影響がある点で、外部効果の一つであり、市場の失敗に分類されます。

③公共財の未供給
 自由な経済活動のもとでは、企業は、誰かが買ってくれて、利益の得られる商品しか生産しません。具体的に言うと、みんなが無料で使う公園や道路などの公共財(社会資本)を作っても企業はもうけることができません。ですので、純粋な自由な経済活動にしてしまうと、そのような公共財を誰も作ってくれないという「市場の失敗」があります。

 公共財とは、複数の人たちが同時に利用可能であり(=非競合性)、対価を支払わない人の利用を排除することができない(=非排除性)といった特徴がある公園、道路、橋、警察、消防などのことを指しますが、実際の世の中では、そのような公共財は企業が生産してくれない代わりに、政府が税金を使って作ることによって市場の失敗を補っています。

④情報の非対称性
 消費者(買い手)と生産者(売り手)の間に対等に情報が与えられないことを情報の非対称性と言います。消費者、生産者両方に商品に関する正しい情報が与えられていたら問題ないのですが、実際には、消費者のほうが十分な情報を得られないまま商品を購入し、嫌な思いをすることも多く。すべての消費者をハッピーにすることができない要因となっています。

 以上、①独占企業の発生、②外部効果の発生、③公共財の未供給、④情報の非対称性という4つの「市場の失敗」について説明しましたが、これらの「失敗」を補うために政府が大きな力を発揮しています。そのことを含めて市場の失敗を以下の表にまとめ、今回の授業は終わりにします。

2020年2月29日