6時間目:内閣

1.内閣のしくみ
 国会とは基本的に法律をつくるところだという話は前回しましたが、国会は法律をつくるだけであって、その法律に従って実際に政治を実行するのが内閣です。つまり「国会の仕事=法律を作る」「内閣の仕事=法律に従って実際の政治を行う」と押さえておきましょう。

  ~66条~
①内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣およびその他の国務大臣でこれを組織する。
②内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。
③内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。

 「内閣」とは、内閣総理大臣(首相)と国務大臣たちを指します。しかし、1人の首相と18人の大臣だけで、膨大な内閣の仕事を行えるわけはありません。そこで、内閣の下には、1府12省庁を中心とした多くの行政機関が設置され、ここでは約30万人もの国家公務員が働いています。

 ●内閣の組織

 上の表の中でも赤字で示したのが、行政機関の中で最も重要とされる1府12省庁です。1府12省庁では国務大臣がそれぞれトップを務めます。そして、1府12省庁以外にも、いくつか内閣の機関が設置されているのですが、大事なものは、これから少しずつ登場するので、ここではとりあえず名前だけ頭の隅においておきましょう。ただ、行政機関の中でも行政委員会と呼ばれる機関が、ちょっと役割が特殊なので、これについて説明します。

 基本的に各省庁は内閣総理大臣の指導のもとに仕事に当たりますが、行政委員会は内閣に所属する機関でありながら、内閣総理大臣から直接指導を受けず独立して独自の判断で仕事を行える機関です。では、主な行政委員会をまとめたので見てください。

 ・ 国会公安委員会・・・全国の警察庁の最高機関。
 ・ 公正取引委員会・・・違法な方法で利益を独占する企業を取り締まる機関。
 ・ 中央労働委員会・・・労働者と使用者の対立問題を解決するための機関。
 ・ 公害等調整委員会・・・公害の被害者と加害者の意見を調整し、問題の解決を手助けする機関。
 ・ 人事院・・・公務員の採用や給料の管理、公務員の労働条件のチェックなどを行う機関。

 これらの機関がなぜ内閣から独立するかというと、一番の理由は中立を保つためです。例えば、国家公安委員会は全国にある警察のトップとして重要な決定を下しますが、警察のトップと内閣の人たちが仲良しこよしで結びついていたら、内閣の人たち(内閣総理大臣など)が犯罪を起こしたとしても、警察官は捜査や逮捕をしにくくなってしまいます。そのような理由から、行政委員会のような中立な立場の機関が必要となるわけです。

 さらに、行政委員会の特徴として、準立法的権限準司法的権限を持つというのもあります。政治機関を立法権(国会)行政権(内閣)司法権(裁判所)に分けると、行政委員会は行政権ということになりますが、行政委員会は行政権(内閣)の中でも、役割が特別なため、国会(立法権)のように簡単な法律をつくることができる権利である準立法的権限と、裁判所(司法権)のように簡単な裁判を行うことのできる権利である準司法的権限を認められているものがあります。これにより、例えば、公正取引委員会は汚い方法で売り上げを独占するような企業を取り締まるルールをつくることができるし、中央労働委員会は、ある企業で労働者と使用者(社長)が対立してしまった場合、裁判で解決することができます。

 また、憲法90条により会計検査院が設置されています。会計検査院行政機関が税金の無駄遣いをしていないかを検査して、その内容を内閣に報告(内閣はその内容を国会に提出)する機関です。このような仕事は強い中立性が求められるため、やっていることは行政委員会っぽいのですが、他の行政委員会と違って憲法で規定された重要機関であるため、行政委員会には分類されていません。

2.内閣で働く人たち
 では、そんな内閣で働く人たちを紹介します。まず、内閣のリーダーが内閣総理大臣(首相)です。日本国憲法では内閣総理大臣になれる人国会議員であることと文民であることという条件がついています。文民の反対言葉は軍人です。つまり、日本では自衛隊に所属している人は内閣総理大臣にはなれません。そして、内閣総理大臣は国会の多数決により指名され、その後天皇に任命されるというのは5時間目:国会でやったとおりです。

 大日本帝国憲法の下では内閣総理大臣は同輩中の首席」に過ぎませんでしたが、日本国憲法では内閣の首長」になりました。大日本帝国憲法では、内閣の首長どころか政治全般のリーダーは天皇であり、内閣総理大臣はその他の国務大臣と同じ扱いでした。しかし、そんな国務大臣たちの中でもあえてリーダーをあげるなら内閣総理大臣というのが「同輩中の首席」の意味するところです。それが日本国憲法では、天皇が象徴になってしまったため、「内閣の首長」=内閣のトップが内閣総理大臣となり、その下に国務大臣たちが所属するという形になりました。
 とてもわかりにくいので、例え話をしましょう。スポーツチームに例えると、大日本帝国憲法の時は「天皇」が「監督」で、「内閣総理大臣」はほかの国務大臣たちと同じ選手の一人という扱いでした。しかし選手の中でもリーダーである「キャプテン」的な立場というのが同輩中の首席」です。それが、日本国憲法では「内閣総理大臣」はその他の国務大臣(=選手)とは別格の「監督」に格上げになりました。この「監督」的な立場が内閣の首長」なのです。

 内閣総理大臣の下では、各省庁のリーダーである国務大臣が働きます。国務大臣は内閣総理大臣が自由に選び、自由に辞めさせる(=罷免する)ことができます。ただ、条件として、国務大臣も文民でなければならないことと、過半数は国会議員の中から選ばないといけないことと、14名までしか選べないというのがあります。しかし、緊急の場合には17名まで増やしてもいいというルールもあったり、2011年からは東日本大震災の復興のために復興大臣を新設することが決まったりで、結局、現在は18人の大臣がいます。
 大臣の中でも、内閣総理大臣に次ぐナンバー2と言われるのが官房長官です。そして、11の省と国家公安委員会の長を国務大臣が務めます。そして、さっき出てきた復興大臣のほかに、特命担当大臣と呼ばれる重要課題について取り組むために総理大臣が独自に任命できる大臣もいます。そして、総理大臣と国務大臣は毎週閣議という会議を開いて政治の大事な方針を決めるほか、国会から要求があった場合は国会に出席する義務もあります。

3.議院内閣制
 日本もイギリスと同じく議院内閣制を採用しています。議院内閣制については2時間目:世界の政治のところで説明しました。議院内閣制とは、議院(国会)と内閣が連帯責任を取り合って協力して政治を行う仕組みのことです。議院内閣制を採用している日本では国会の多数決により内閣総理大臣を指名することにより、国会の多数派の中から内閣総理大臣が選ばれるようになっています。現在の国会では、自民党が多数議席を占めていますので、多数決の結果、自民党の安倍さんが首相に指名されました。つまり、国会も自民党だし、内閣総理大臣も自民党だと、内閣(行政権)の思い通りの法律を国会が作るようになり、国会と内閣の協力関係がスムーズになります。
 それに対し、議会の国会議員も大統領もそれぞれが国民による選挙で選ばれるアメリカでは、議会の多数派は共和党なのに、行政権の長である大統領に民主党のオバマ大統領が選ばれるという事態が起きました。その結果、オバマ大統領は、自分が作ってほしい法律が議会で否決されることも多く、政治がうまくかみ合わないこともありました。

 ここだけ読むと、立法権と行政権の協力関係がスムーズに進む日本の議院内閣制はすばらしく、うまくかみ合わないことのあるアメリカの大統領制はあまりよくない。と思うかもしれませんが、アメリカでは大統領の暴走を議会の権限でストップさせることができるのという三権分立が機能しているのに対し、日本の場合、内閣総理大臣が暴走したとしても、同じ仲間たちで構成される国会はその暴走を止めるのは難しいという欠点があります。

 そんな欠点があるとしても、日本では政治をスムーズに進めることを優先して議院内閣制を採用しています。つまり議院内閣制は国会と内閣の信頼関係のもとに成り立っていると言えます。よって、お互いが信頼できなくなった時のために、内閣は衆議院の解散権衆議院は内閣不信任決議権を使って、お互いを辞めさせることができます。
 そんな「衆議院の解散」「内閣不信任決議」に関連し、内閣総理大臣が辞めて、新しい内閣総理大臣が決まる時のパターンを図式化してみました。

 ①の一番新しい例では2011年です。この頃、民主党の菅首相は東日本大震災の後処理もうまく進まず、国民からの人気もなくなって自ら辞職することを決めました。その結果、同じく民主党の中から野田首相が就任しました。
 ②の一番新しいものは1993年までさかのぼります。本来の公約であった政治改革を実行することができなかった自民党の宮沢内閣に反発して、自民党から多くの議員が離党したため、国会では自民党が過半数議席を維持できなくなり、自民党以外の政党が団結することにより内閣不信任決議が可決されました。その結果、宮沢内閣は衆議院を解散。その結果、選ばれた新しい国会議員によって細川首相という、久しぶりに自民党以外の内閣総理大臣が誕生しました。この流れは9時間目:政党・選挙で詳しく説明します。
 そして、2014年に現在の第二次安倍内閣が誕生したパターンが③です。この時は、民主党の野田首相が(ほぼヤケクソで)衆議院の解散を行った結果、民主党が選挙で大敗し、安倍さんが率いる自民党が大勝しました。その後に開かれた特別国会安倍首相内閣総理大臣に指名され、その後の選挙でも大勝を続け、現在の安定した政権を作り上げました。

 ちなみに、イギリスでは内閣が下院(日本でいう衆議院)を解散する場合、下院の3分の2以上の賛成が必要であるという規定がありますが、日本では内閣総理大臣が自由にいつでも衆議院を解散することができます。さらに、「内閣総理大臣になったら衆議院を解散してみたい」というのが多くの政治家たちの夢らしいので「なんで今?」と思ってしまうようなタイミングに突然、内閣総理大臣が変な理由をこじつけて衆議院を解散し、国民が振り回されてしまうことがよくあります。

4.行政権の拡大
 日本国憲法41条によると、国権の最高機関は国会であり、国会が日本の政治の中心とならねばならないということが書いてあります。にもかかわらず、実際に日本の政治を動かしているのは内閣の官僚と呼ばれる人たちであると言われています。
 では、官僚とは何者でしょうか。内閣の各省庁では内閣総理大臣が指名した国務大臣がトップを務めますが、各省庁で大臣の命令を受け、国の具体的な仕事を行うのが国家公務員の人たちです。国家公務員になろうと思ったら、国会公務員試験に合格しなければなりませんが、国家公務員試験にもいくつかの種類があり、その中でも一番難しい国家公務員試験総合職と呼ばれる試験に合格し、省庁に採用され、国の政策決定に重要な影響を与えるエリートたちのことを官僚といいます。では、官僚になる人はどんな人なのか、下の表を見てください。

 2016年度 国家公務員試験総合職 大学別合格者数

順位 大学名 合格者数(1372人中)   順位 大学名 合格者数(1372人中)
東京大学 433人   6 大阪大学 83人
2 京都大学 183人   7 北海道大学 82人
3 早稲田大学 133人   8 九州大学 63人
4 慶應義塾大学 98人   9 中央大学 51人
5 東北大学 85人   10 東京工業大学 49人


 官僚というのは、まさに日本の学歴社会の象徴であり、官僚のほとんどの人たちが有名大学卒業の秀才たちです。憲法第41条で国会を国の政治のトップに置く理由は、国会で働く国会議員は国民による選挙で選ばれた存在であるということが大きな理由です。しかし、内閣で働く官僚の人たちは、国民が選んだわけではなく、勉強をして試験に合格した人たちがなります。勉強ができるというのは、一種の優れた能力ですが、勉強ができる人が全員、人間的にも優れているとは限りません。つまり、日本の政治は、国民が頼んだわけでもないのに、勉強ができるだけで、官僚になった人たちが勝手にやっているということもできるわけです。
 官僚の人たちへの悪口を書いてしまいましたが、もちろん、官僚の中にもすばらしい人たちがたくさんいます。そんなすばらしい官僚の人たちの話によると、「最初はみんな、日本という国を良くしたいという素晴らしい理念を持って官僚になる。しかし、官僚世界における出世争いに巻き込まれていく中で、徐々にその理念が消えていく」という話を聞きます。それがどういうことなのかについては、また後で説明します。
 では、そんな官僚が政治を行うことは、何が問題なのかを見てみましょう。

 ●委任立法
 5時間目:国会のところで、国会が法律を作るという話をしました。しかし、国会では700人もの国会議員で話し合い、1年間に約100もの法律を作っていることもあり、国会で作られた法律には大まかな内容しか書かれていないことが多いです。そこで、法律に関する細かい内容は、国会で法律が成立した後に、国会から委任される形で、内閣で作ることがあります。これらのことを委任立法といい、内閣が制定した政令、各省庁が制定した省令などがこれにあたります。例えば下を見てください。

 これを見てもらってわかるように、法律よりも、そのあとに決めた委任立法のほうが、国民にとっては重要であることもあります。だから、法律よりも、法律を補うために内閣の官僚たちが作った委任立法が、国民の生活に大きく影響したりします。

 ●内閣提出法案
 国会でつくる法律のもととなる法案を作成して提出できるのは国会議員内閣であるということは、前回の授業でやりました。しかし、今までに作られた法律のうち約85%が内閣が提出した内閣提出法案からつくられたもので、国会議員が提出した議員提出法案からつくられた法律はたった15%にしか過ぎません。これは、国会議員の提出した法案はもともと少ない(全体の36%)に加え、国会議員の提出した法案はボツになる可能性も高いので、こういう数字になっています。ちなみに内閣が提出した法案のうちボツになったのはたった12%ですが、国会議員の提出した法案はなんと71%がボツになっています。
 冷静に考えると、国会が法律をつくるところのはずでしたが、国会でつくられた法律のほとんどが内閣の提出した法案から作られたものであるということは、実質上、内閣の官僚たちが法律をつくっていることと同じことになります。つまり、憲法に書いてある理想と、実際に行われていることが違ってきているわけです。もっと頑張れ! 国会議員!

 ●許認可・行政指導
 内閣は国民に対して許認可を与えるという権限を持っています。特に、新しくお店を開いたり、会社を作ったりするには行政機関に許可をもらう必要があります。そして、この許認可を与える権限を官僚などの公務員が持っており、官僚たちは自分たちの判断で許認可を与えたり、与えなかったりできるため、ときには官僚にワイロを送って許認可をもらうなんて事もあります。こんなおいしい権力を持っているので、ますます官僚はえらそうになります。
 また、官僚たちは、自分が担当する業界に対して、行政指導と呼ばれる助言や勧告を行うことがあります。この行政指導に法的拘束力はないのですが、業界側としては、彼らの言うことを聞いておかないと、許認可がもらえなかったりなどの不利益が発生するため聞かざるを得ません。よって、この行政指導にはかなりの影響力があると言われています。

 ●天下り
 官僚政治の一番の問題とされるのが天下りの問題です。さっき説明したように、官僚は企業に許認可を与える権限を持っていることから、特定の企業と深い関係を持ち、仲良くなることができます。しかも、官僚は国会議員とも仲がいいので、国会議員にお願いして、特定の企業に有利な法律を制定してもらうこともできます。そんな仲良くなった一般企業に官僚が公務員を退職後、再就職させてもらうことを天下りといいます。しかも、天下りした官僚はその企業において副社長クラスの重要ポストを用意してもらうことも多く、さらに天下りした企業をすぐ辞めて、高額の退職金を手に入れる人もいるらしいです。そして、企業にとっても特定の省庁のOB・OGを自分の会社に迎え入れるということは、その省庁との結びつきを強めることができる点で、メリットがあります。

 また、民間企業以外にも、天下り先を用意するため、多くの特殊法人がつくられた時期もありました。特殊法人とは国の政策により作られた企業のようなもので、経営が悪化しても税金などを使って助けてもらえることもあります。そんな安定した特殊法人のトップには退職し、天下りしてきた官僚たちが就任することが多かったのですが、税金で無駄な特殊法人がたくさん作られたことに批判が集まり、今ではほとんどの特殊法人が廃止・統合されてしまいました。

 ただ、この天下りがあまりにも問題となったため、天下りは法律で禁止されています。しかし、官僚が民間企業に再就職することを100%禁止してしまえば、職業選択の自由を侵害することにもなるので、なかなか取り締まりも難しく、官僚たちはうまく法律の網をかいくぐりながら、天下りや天下りに近いことをいまだにやっているようです。

 ●鉄のトライアングル
 説明してきたように、日本の政治は内閣の官僚が大きな力を持っているのですが、官僚(官界)が政治家(政界)や大企業の幹部たち(財界)と深いつながりをもち、日本の政治を支配している構造を「鉄のトライアングル」といいます。

 政治が特定の人たちのものとならず、国民のためのものになるためにも、鉄のトライアングルの構造を崩す必要があります。

※マックス・ウェーバーの指摘
 ここまで、日本における官僚政治の問題点について説明しましたが、官僚のような仕事のやり方は、世界中で様々な弊害を生み出しているようです。そんな官僚制(ビューロクラシー)の問題点をアメリカの社会学者マックス・ウェーバーが指摘しました。官僚ほど賢くはないですが、同じような日本の組織の中で働く私にとっても心が痛くなる指摘がいくつもあります。

 ・縄張り主義(セクショナリズム)、縦割り行政…省庁間や部署間での連携・協力がないため、ムダの多い仕事になってしまう。
 ・文書主義、形式主義、規則万能主義…前例の繰り返しが多くなり、仕事の柔軟性がなくなる。
 ・階層性(ヒエラルキー)…上下関係が厳しくなり、上の命令に従うだけの仕事になる。
 ・高度な専門性高級官僚(テクノクラート)のようなエリートが専門分野を支配的に担当すると、大臣を中心とする国会議員が入り込む隙がない。

4.行政改革
 日本の政治が、官僚によって行われている問題を解説しましたが、このような問題を改善しようとする動きが国会の中にも見られます。この一連の動きを行政改革といいます。行政改革とはその名のとおり行政権(内閣)の改革のことですが、もう少し詳しく言うと、行政機関をお金のかからないわかりやすいものに作り変え、官僚たちの権力を弱くし、官僚が悪いことをできないようにする改革のことです。では、行政改革の動きについて説明していきます。ではこれらの改革を①お金のかからないものに変える改革②官僚たちの権力を弱くする改革に分けて解説したいと思います。

 ①お金がかからないものに変える改革

年号 政策・法律 内容
1985 専売公社の民営化
電電公社の民営化
中曽根内閣が設置した第二次臨時行政調査会の方針により、国営企業だった専売公社がJTに、電電公社がNTTに民営化。
1987 国鉄の民営化 引き続き、国鉄がJR7社に民営化。
1999 PFI推進法 公共施設の建設・維持管理・運営を、民間の資金・能力を活用して行えるようにする。
2003 指定管理者制度 地方自治体が設置した公共施設(体育館、図書館など)の管理運営を、民間企業、NPO、ボランティア団体などに代行させる制度。
2005 日本道路四公団の民営化 日本道路公団・首都高速道路公団・阪神高速道路公団・本州四国連絡橋公団が6つの民間道路会社として分割、民営化
2006 市場化テスト法 行政機関が独占してきた公共サービスを、行政機関と民間が対等な立場で競争入札に参加し、価格、質の両面で優れたほうを採用する。
2007 郵政事業の民営化 郵便局が、郵便局会社・郵便事業会社・ゆうちょ銀行・かんぽ生命保険の4つの会社に分割民営化。

  ●民営化
 日本の政治が官僚政治になってしまった原因の一つとして、政府が多くの仕事に手を出しすぎてしまって国民に分かりにくい複雑なものになってしまったこともあります。このように政府(行政機関)の抱える仕事が多くなりすぎてしまったことを行政権の拡大といいます。そして、政府が抱える事業の中には、効率が悪く、無駄な税金が投入されているケースも多くあったため、いくつかの事業は国の事業から切り離され民営化(=民間の企業になること)されました。
 まず、1980年代に中曽根内閣が設置した第二次臨時行政調査会の方針に従い、専売公社(日本専売公社)電電公社(日本電信電話公社)国鉄(日本国有鉄道)という3つの国営企業民営化され、専売公社はJT(日本たばこ産業株式会社),電電公社はNTT(日本電信電話株式会社)、国鉄はJR7社(JR北海道、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR四国、JR九州、JR貨物)に民営化されました。
また、2000年代の小泉内閣による改革では、高速道路を管理・運営していた日本道路公団NEXCO東日本、NEXCO中日本、NEXCO西日本の3社に分割民営化され、首都高速道路公団、阪神高速道路公団、本州四国連絡橋公団も民営化されました。そして、小泉改革の目玉と言われた郵政事業(=郵政省)も最終的には日本郵政株式会社として民営化しました。

  ●PFI推進法・指定管理者制度
 さらに、民営化までとはいきませんが、国や地方が行う事業を民間企業に一部や全部を委託することにより、効率的な運営を目指そうとする動きがあります。例えば、私の故郷の広島県呉市では、市が所有する駅裏の土地を有効活用するため、PFI推進法に基づく開発を行い、民間業者と市の施設が混在する大型商業施設が出来上がりました
 また、現在、私が住んでいる広島市では、2009年に広島カープの本拠地である広島市民球場を新しく建て替えたのですが、本来、広島市が所有するはずのこの野球場は、株式会社広島東洋カープという民間会社が指定管理者に指定され、広島東洋カープが球場の経営を広島市から任されています。よって、広島市は広島市民球場の経営のために多くの公務員を雇う必要がなく、球場の経営も広島東洋カープが三井物産と連携して行っているので、グッズ販売や飲食店経営も好調で、私が子供のころに通っていたオンボロの広島旧市民球場の時代と比べると、経営もずっと安定してきました。ただ、カープの人気が最近ありすぎて、グッズや食事の料金が高すぎることがファンとしては不満なのですが…。
 ちなみに広島市民球場はマツダスタジアム(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)という名前の方が有名ですが、これは広島市議会が条例を定めることにより、広島市民球場の名称を民間会社に販売し、その代金を球場の維持管理費に充てるという命名権(ネーミングライツ)をマツダ自動車に販売したことによるもので、マツダ自動車はこれにより年間2億2000万円を広島市に支払っています。このような市の資金源の確保も行政改革の一環ですね。

 ②官僚たちの権力を弱くする改革

年号 政策・法律 内容
1993 行政手続法 行政運営における公正の確保と透明性の向上を目指し、許認可や行政指導にルールを定め、官僚による独断を防ぐ。
1999 政府委員の廃止 国会審議活性化法の成立により、国会において、所属省庁の官僚が大臣に代わって答弁する政府委員の制度を廃止する。
1999 情報公開法 中央省庁の行政文書を市民の要求により公開する。
1999 国家公務員倫理法 官僚が、利害関係者から金銭や物品を受け取ることを禁止する。
2001 省庁再編 省庁の数を1府21省庁から1府12省庁に減らす。
2001 副大臣制の導入 事務次官を中心とした官僚主導の省庁運営を改め、国会主導の省庁運営を実現するため、大臣を補佐する省庁のナンバー2として副大臣大臣政務官を設置。
2001 独立行政法人スタート 天下りの受け入れ先、税金の無駄遣いの温床といわれていた特殊法人(国立美術館、研究所、病院など)の多くが、国からの独立性を強めた独立行政法人となっていく。
2005 パブリックコメント
(意見公募手続き)
行政手続法を改正し、行政機関が政令を制定する時に、事前に原案を公表し、国民から意見や情報を募集する制度を採用。
2014 閣議の公開化 それまでは非公開だった閣議と関係懇談会の議事録の公開を開始する。※ただし、録音ではなく文書による記録に過ぎない。
? オンブズマン制度 民間人から登用されたオンブズマン(行政監察官)が、市民の要求により、行政機関を監視、調査し、官僚が悪いことをできないようにする。※1809年にスウェーデンで始まり、日本では1990年に川崎市が初めて採用した。しかし、日本では国レベルではまだ採用されていない!

 今度は官僚政治の暴走を防ぐための行政改革です。

  ●行政手続法
 1993年には行政手続法が制定されます。これは、さっき説明した官僚による許認可の与え方が、あまりにも不明確で、官僚の主観が入っている可能性が高かったので、官僚による許認可や行政指導に統一したルールや基準を定めるようにした法律です。これにより、官僚は以前よりも自由に許認可を与えにくくなりました。

  ●国家公務員倫理法・情報公開法
 そして、1999年は行政改革にとって大事な年です。まずは、この頃、官僚たちが接待を受けたり、ワイロをもらったりする事件が相次いだため、国家公務員倫理法が制定されました。これは「官僚は、ワイロや接待など、国民の不信を招くようなことすんなよ!」という法律です。そんな当たり前のことを法律にしないといけない時点で、情けないような気もしますが…。さらにこの年に情報公開法が制定されました。これにより国民は、税金が何に使われているかといった、内閣の情報を国民が知ることができるようになりました。

  ●政府委員の廃止
 この年から内閣に関連して、国会でもいくつかの改革が行われました。まずは政府委員の廃止です。政府委員とは大臣が国会に連れて行くことのできる、その省庁所属の官僚のことで、昔の国会では、大臣の変わりにこの政府委員が発言したり、質問に答えたりという場面がよく見られました。そのため、国会では省庁のリーダーである大臣よりも部下である政府委員のほうが目立ってしまっていました。これは、数年で交代してしまう大臣よりも数十年もその省庁に務め続けている官僚のほうが、その省庁の仕事や問題について詳しく、実際には官僚がその省庁のリーダー的存在であることを意味しました。さらに、国会では政府委員がしっかり答弁をしてくれるので、大臣はその省庁について詳しく勉強しなくても大臣という仕事を務めることができるという問題点もありました。それで、1999年よりこの政府委員は廃止されました。おかげで大臣という仕事も以前と比べてバカでは務まらなくなりました。

  ●副大臣制の導入
 そして、政務次官も廃止されます。それまでは省庁のトップである大臣を支えるナンバー2の役職が2つありました。その2つとは、国会議員から派遣される政務次官と、官僚のトップである事務次官です。政務次官と事務次官が協力し合いながら大臣を支えるというのが、この体制の理想でしたが、実際には省庁の中で出世を繰り返して官僚のトップに登りつめた事務次官のほうが、その省庁についての知識は詳しく、しかも部下との人間関係もできているため、結局活躍するのは事務次官のほうで、政務次官ははっきり言って、いるのかいないのかわからないような存在でした。そこで、1999年からはこの政務次官という役職を廃止し、代わりに副大臣政務官(正式には大臣政務官)いう役職を設けました。これにより今までは省庁には政務次官と事務次官という2つのナンバー2があったのに、トップが大臣、ナンバー2が副大臣、ナンバー3が政務官、ナンバー4が事務次官ということになり、国民に選ばれた国会議員が大臣、副大臣、政務官となり、彼らが連携してうまく事務次官をコントロールすることにより、事務次官を中心とする官僚の暴走を防ぐようにしました。

 事務次官についてもう少し説明しましょう。国家公務員試験に合格し、官僚になれば係長⇒課長補佐⇒課長⇒局長…というように、少しずつ出世をし、最終的に同期の中で最も出世した1名のみが事務次官になることができます。そして官僚の世界では、同期採用の中で出世争いに敗れたものは次々に退職していくという慣習があります。出世して上に立つ人からすれば、自分の部下に自分の同期がいたらやり辛い、というのが辞めていく理由らしいですが、そうなると、事務次官になることができた1人以外は全て官僚を辞めることになり、彼らの再就職先を確保するために天下り先が必要となってくるわけです。なので、この官僚たちの出世競争+早期退職の慣習も、天下り防止のために変えていかないといけない要因であると言えます。

  ●独立行政法人
 さらに2001年から独立行政法人というのがスタートしました。天下りのところで説明したように、一時期日本では○○事業団、○○公団、○○研究所といった特殊法人と呼ばれる事業体が大量に設立され、その多くが本当に役に立っているのかよくわからないまま存続し、多くの税金が投入されてきました。そんな特殊法人が官僚たちの天下り先となってしまっていることが批判を受けたことにより、ここ数十年でその数は激減し、現在残っている特殊法人はNHK(日本放送協会)やJRA(日本中央競馬会)など有名なものだけになってしまいました。そんな特殊法人の中には日本道路公団のように民営化されたり、廃止されたものもあるのですが、多くの特殊法人は独立行政法人に変更されました。
 みなさんが聞いたことがありそうな独立行政法人だと大学センター試験の問題を作っている「大学入試センター」や青年海外協力隊などを派遣している「JICA(国際協力機構)」、宇宙ロケットの研究などをしている「JAXA(宇宙航空研究開発機構)」などがあります。特殊法人だと国からの関与が強く「どうせ無駄遣いをしても国が税金を使って助けてくれる」という油断のようなものがあり、民間企業のような危機感のある運営・経営ができずにいました。それが独立行政法人になり、国からの独立性が強まると「もし無駄な仕事をして、必要のない事業とみなされると、つぶされるかもしれない…」といった危機感を持つようになり、効率のいい仕事ができるようになるというのが独立行政法人が設立された主な理由です。しかし、国からの独立性が強まったと言いながら、完全に民営化されたわけではなく、「そうはいっても本当に困ったら国も助けてくれるだろ」という甘えもあるため、結局は特殊法人から独立行政法人に名前が変わっただけで、実態はほとんど変わってないのではないかという批判もあります。

  ●オンブズマン制度
 オンブズマン制度とは、民間人から採用されたオンブズマン(行政監察官)という、言うなれば正義の味方のような人が、国民の要求により行政機関を調査し調査の内容を国民に報告することにより、官僚の悪事を暴き、官僚が悪いことをできなくするという制度です。この制度は1809年にスウェーデンで始まり、スウェーデンではこのオンブズマン制度の伝統から、税金の使い道がしっかりしているという特徴があります。だから、この国は福祉政策や環境政策も充実しています。これを見習って、日本でも1990年に神奈川県の川崎市が市のレベルでオンブズマン制度を採用し、県レベルでも沖縄県を皮切りに地方ではオンブズマン制度は広まっていっているのですが、残念ながら国のレベルではまだこのオンブズマン制度は採用されていません。こんな話を聞くと、政府はよほど、調査されるのが嫌なのか? 何をそんなに隠しているのか? と勘ぐってしまうのですが、実際には、民間人のオンブズマンが政府機関の悪事を暴くというのは、専門的知識も乏しいことからなかなか難しく、現在の地方のオンブズマンもなかなかうまくいっていないことも理由の一つのようです。そのことから、日本の民主政治は専門的知識の豊富な官僚たちに支配されてしまい、政治知識の乏しい一般庶民には政治を批判することすらできていないことがわかります。そのことを踏まえても、一般庶民ももっと政治に関して勉強し、政治に関与できるようになることが大切であることがわかります。

2017年6月10日