1.地方自治とは?
欧米に比べ、日本は地方自治が盛んではありません。日本の政治は東京で行われている国の政治が中心であり、その結果、どの都道府県、どの市町村でも同じようなサービスを受けることができる反面、それぞれの地域で本当に必要とされている、細かい住民の要望を、政治に生かすことができていません。
この原因は明治憲法下の政策に由来します。明治憲法の下では地方自治は認められておらず、日本の政治は東京で行われる国の政治が中心で、道府県知事も中央政府から派遣され、国民は道府県知事を選挙で選ぶこともできませんでした。その後、日本国憲法が制定されたことにより、日本でも地方自治がスタートしましたはずなのですが、戦前からの中央集権的な体質はいまだに残っています。
イギリスの政治学者ブライスは、「地方自治は民主主義の源泉であるだけでなく学校である」と表現しました。これは、地方自治のように住民のきめ細かい要望をかなえてやることが、民主主義の基本であるだけでなく、そのような政治を実現することにより、国としての政治も学ぶことが多い、と言うことを意味します。私自身、田舎で生まれ育ったこともあり、日本政府が行っている政治というのは日本のためというよりも東京周辺の人たちのための政治なのではないかと感じることもあり、首都圏と地方の間には格差どころか差別的な扱いがあると感じることもあります。東京の人間だけでなく、日本中の人たちが幸せになるためにも、地方の政治を活性化していってほしいと思います。そんな思いを込めて地方自治の授業を始めます。
●地方公共団体の種類
地方自治(地方の政治)を行う機関のことを地方公共団体(地方自治体)といいます。そして、地方公共団体は普通地方公共団体と特別地方公共団体に分類することができます。
普通地方公共団体は都道府県と市町村のことで都道府県庁や市役所・町村役場で政治を行っています。
特別地方公共団体には特別区や財産区などがあります。特別区とは東京都に設置されている23の区(新宿区、千代田区、中央区など)のことで、ここには「東京市」なんてものは存在せず、23の区がそれぞれの区役所で政治を行っています。
また、市町村の中に財産区と呼ばれる特別地方公共団体が存在することがあります。財産区とは、山林やため池、墓地、温泉などの地域財産を管理するために設けられた地方公共団体のことで、多くは市町村合併の時に、今まで自分たちが管理していた財産が合併して誕生した新しい市に奪われ、市で管理されるようになるよりも、引き続き旧町村の人たちがお金を出し合って管理したい、という要望があった時に設置されたものが多いようです。
●地方自治の本旨
日本国憲法92条にこんな条文があります。
~92条~
地方公共団体の組織および運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。
憲法92条における地方自治の本旨(地方自治本来の目的)とは次の二つを意味すると言われています。
★団体自治…国の政治から独立して、その地方公共団体独自の政治を行う。
★住民自治…住民投票など、住民が政治に参加しやすい機会を多くもうける。
そして、この2つの目的を達成するために、日本国憲法とほぼ同時につくられたのが地方自治法です。だから、日本の地方自治は地方自治法を中心に行われ、92条にある「法律」とは地方自治法のことを意味します。
2.地方自治のしくみ
●地方議会
地方自治の立法権(国会のような役割)にあたるのが地方議会です。地方議会として東京都議会、大阪府議会、広島県議会、広島市議会、海田町議会、小笠原村議会、新宿区議会などが各都道府県、市町村と東京都の23の区に設置されています。そして、立法権に当たる地方議会の一番の仕事はずばり条例をつくることです。国会の一番の仕事が法律をつくることであったように、地方議会の一番の仕事もその地方の法律に当たる条例を作ることです。昔はその地域の特性を生かした条例というものは少なかったのですが、最近はけっこう地域独自の条例がつくられるようになり、注目されるようになりました。私が個人的におもろいなと思ったものを紹介しておきます。
条例名 | 地方公共団体 | 内容 |
---|---|---|
ハブ対策条例 | 沖縄県那覇市 | 毒蛇ハブによる被害と脅威を取り除くための政策を定める。 |
子ども総合条例 | 石川県 | 子育てに関する基本政策を設定する中で、小中学生の携帯電話所持を規制している。 |
光害防止条例 | 岡山県井原市 | 美しい星空を守るため、夜空の明るさが前年度を下回ることを目的とする。 |
子ほめ条例 | 鹿児島県志布志市 | 親切賞、親孝行賞、あいさつ賞などを設定し、該当する子どもを市から表彰し、心身ともに健全な子どもを地域ぐるみで育てる。 |
その他に地方議会は国会のように地方予算の議決権や、首長(都道府県知事、市町村長、区長)の不信任決議権も持っています。ただ、衆議院と参議院という2つの院がある国会と違って、地方議会は一院制です。
●首長(都道府県知事、市町村区長)
地方自治の行政権(内閣のような役割)にあたるのが首長です。首長として東京都知事、大阪府知事、広島県知事、広島市長、海田町長、小笠原村長、新宿区長などが各都道府県、市町村と東京都の23の区にいます。国の政治では、国民は行政権の長である内閣総理大臣を選挙で選ぶことはできませんでしたが、地方の首長は住民による選挙で選ばれます。そして、首長は地方議会が制定した条例や予算に対する拒否権を持つなど、地方において大きな力を持っています。このあたりはまさに、アメリカの大統領制をモデルに、日本の地方自治制度が作られている背景があります。
首長は地方議会に対して解散権を持っていますが、国の政治では内閣総理大臣が好きなときに衆議院を解散できるのに対して、首長が地方議会を解散できるのは地方議会が首長の不信任決議をしてきたのみに限られています。
●行政委員会
そして、地方自治ではたくさんの行政委員会が活躍しています。内閣のところでやったように、行政委員会は中立を保つために、行政権(地方の場合は首長)から独立して仕事を行う機関ですが、地方公共団体には、次のような行政委員会が設置されて活躍しています。
教育委員会 | 学校の設置・運営など、地域の教育に関する仕事。 ※当初、教育委員は選挙で選ばれていたが、現在は首長によって任命されている。 |
選挙管理委員会 | 国会議員選挙・地方選挙に関する仕事。 |
公安委員会 | 地方警察の管理運営を行う。 |
人事委員会 | 地方公務員の採用や給料の管理、労働条件のチェックなどを行う。 |
監査委員 | 地方公共団体の仕事内容をチェックし、監視する。 |
特に重要なのは監査委員です。監査委員は地方公共団体が正しく仕事を行っているか、税金が正しくつかわれているかを監視し、チェックする係です。監査委員が首長や地方議会の議員、地方公共団体で働く公務員の人たちと仲良しこよしになってしまうと、厳しいチェックが行えないので、地方自治から独立して仕事を行うことになっています。ちなみに監査委員は1人1人個別に行動するので、監査委員会ではなく監査委員と呼びます。
3.住民自治
憲法92条の「地方自治の本旨」の中に住民自治が含まれていたように、国の政治と地方自治の違いの一つとして、地方自治では住民が直接政治に参加することのできる直接民主制の制度が多く整備されています。
①特別法の住民投票(憲法95条)
②直接請求権(地方自治法)
③住民投票条例
④特別区設置の住民投票(大都市地域特別区設置法)
●特別法の住民投票
4時間目:基本的人権のところでも触れたやつです。
通常は国会が日本全国に通用する法律を制定し、地方議会がその地方のみに通用する条例を制定するのですが、憲法95条の規定により国会が特定の地方のためだけに法律を制定することがあります。そんな法律のことを(地方自治)特別法といい、特別法を制定するときには国会での議決のあとその地域の人たちによる住民投票によって決定することになっています。
例えば、1949年に広島平和記念都市建設法が制定された時には、国会での議決のあと広島市民による住民投票を行い、投票者の約92%が賛成したことにより、この法律が制定されました。このような特別法の制定に基づく住民投票が1949~1952年の時期に合計19回ほどありましたが、そんなややこしいことしなくても、それぞれの地域ごとの条例で制定すればいいじゃん…という流れから、1953年以降、特別法は全く制定されなくなりました。
●直接請求権
地方自治法では、住民が政治に関することを直接請求できる直接請求権を定めています。まとめると以下のようになります。
直接請求権は大きく分けて、住民が政治に関することを提案するイニシアティブ(住民提案)と、地方公共団体で重要な仕事にあたっている人を辞めさせるリコール(住民解職)に分けることができます。上の表を使ってイニシアティブ、リコールにはどのようなものがあって(合計6種類)、それぞれ請求するためにはどれだけの署名が必要で、集まった署名をどこに提出して、提出された地方公共団体はそのことをどういう風に取り扱うのかを理解してください。例えば、2010年には有権者数1万9756人の鹿児島県阿久根市で市長(首長)の解職請求が行われた時は、有権者の1/3(6586人)を超える8809人の署名が選挙管理委員会に提出され、住民投票を行った結果、市長解職に賛成(7543票)が反対(7145票)をわずかに上回り、市長の解職が決定しました。
上の表の覚え方のポイントは、まず必要署名数は①イニシアティブ⇒50分の1、②リコール⇒3分の1である点。提出先は、①もしこの人たちを辞めさせた場合、あとで選挙を行わないといけない場合⇒選挙管理委員会、②監査⇒監査委員、③それ以外⇒首長ということになります。つまり、主要公務員(副知事、副市区町村長など)は首長によって任命され選挙で選ばれるわけではないので、リコールのうち「主要公務員の解職」の提出先だけは選挙管理委員会にはなりません。そして、①選挙管理委員会⇒住民投票で決定、②監査委員⇒監査を行う、③首長⇒議会で話し合うと言う風に、提出先と取り扱いをセットで覚えるといいでしょう。
●住民投票条例
次に、住民投票条例について説明します。住民投票条例とは「ある政治問題について、住民はどう思っているのか投票してもらって聞いてみる」ことを目的とした条例です。では、実際にどのような住民投票条例が制定されたのか確認してみましょう。
住民投票のテーマ | 実施自治体 | 実施年 | 結果 |
---|---|---|---|
原子力発電所の建設 | 新潟県巻町 | 1996年 | 建設反対61% 建設賛成39% |
在日米軍基地の縮小 | 沖縄県 | 1996年 | 縮小賛成89% 縮小反対11% |
吉野川河口堰の建設 | 徳島県徳島市 | 2000年 | 建設反対90% 建設賛成10% |
小中学校のエアコン設置 | 埼玉県所沢市 | 2015年 | 設置賛成65% 設置反対35% |
自衛隊の誘致 | 沖縄県与那国町 | 2015年 | 受入賛成59% 受入反対41% |
地方自治では、首長や議会の方針が住民の意思と食い違うことがよくあります。そんな中、首長や議会が強引に物事を進めようとしたところに住民の反対運動が盛り上がり、首長や議会が困ってしまったところに、住民投票条例が制定されるというのが時々あります。
住民投票条例に基づいて実施される住民投票のルールは地方議会における話し合いで決められますので、投票権もそれぞれの地域で独自に設定することができます。その結果、2002年に滋賀県米原町で実施された住民投票では投票権が初めて永住外国人にも与えられて話題になりました。さらに同じ年に長野県平谷村で行われた住民投票では投票権が中学生にも与えられて世間を驚かせました。
また、住民投票条例による投票はあくまで「住民に聞いてみる」のが目的に過ぎず、この投票の結果に法的拘束力はないという特徴もあります。だから、言ってしまえば、この投票によって住民の90%が原子力発電所の建設に反対したとしても、首長はその投票の結果を無視して原子力発電所を建設しても法的にはまったく問題がないという点です。
例えば2012年に鳥取市では老朽化した市庁舎を新築するか、改築ですませるかを問う住民投票を実施した結果、改築賛成が上回ったのですが、その後の市長と市議会の判断により結局、市庁舎の新築が決定してしまいました。そう考えると無意味な投票になることもあるかもしれませんが、住民が団結して、政治家たちに自分たちの意思を示そうとする運動としては、積極的な動きであり、評価できるものだと思います。
●特別区設置の住民投票
最後にもう一つ、特別区設置の住民投票についても説明しておきます。2015年と2020年の2回、大阪で大阪都構想に関する住民投票が行われました。
大阪市と堺市を解体し、東京23区のような特別区を設置し、区ごとに政治を行うことによって行政のムダをなくそうとする大阪都構想実現を公約に掲げて大阪市長に当選した橋下徹は、人気絶頂期に国会に働きかけ大都市地域特別区設置法という法律を成立させることに成功します。この法律に従い大阪都構想実現に賛成か反対かを大阪市民、堺市市民にきいたものが2015年の住民投票でした。
住民投票と言えば、この前に説明した住民投票条例に基づく住民投票と同じようなものだと思った人もいるかもしれませんが、住民投票条例による住民投票がその地方だけに通用する条例に基づくものであったのに対し、この時の住民投票は大都市地域特別区設置法という国が制定した法律に基づくものであった点と、住民投票条例による投票が法的拘束力をもたないものであったのに対し、この時の住民投票は決定が法的拘束力を持っていた点が異なる点です。結局、2015年の住民投票で大阪都構想は、反対50.4%、賛成49.6%という僅差で否決され、リベンジとなった2020年の2回目投票でも反対50.6%、賛成49.4%で再び否決されたのですが、もし賛成票が上回っていた場合、大阪都の設置が法律の手順に基づいて実施されていたということです。
4.地方自治改革
バブル景気の頃は景気がよかったこともあり、各地方公共団体はいろいろな事業に手を出しました。第三セクターがいい例です。地方公共団体を第一セクター、一般企業を第二セクターとすると、地方公共団体と一般企業両方から出資を受けて誕生した第三セクターと呼ばれる企業がバブルの時期に大量につくられました。例えば宮崎県宮崎市には宮崎シーガイア、福岡県北九州市にはスペースワールド、さらに私の故郷広島県呉市には呉ポートピアランドといったテーマパークやリゾートホテルなどが、地方の税金が投入されて作られていきました。しかし、これらの施設はその後の不景気も手伝って、倒産に追い込まれ、これらの施設が抱えた赤字をその地域の住民が税金で返済しているという状況が日本中で見られます。
●財政再生団体
さらに、人口の流出や不景気により地方公共団体が集めることのできる税金自体が減ってきています。その結果、地方公共団体の中には税金が集まらず、さらに借金を返すこともできず、企業で言えば倒産寸前まで追い込まれているところも多くあります。そんな中でも実際に倒産してしまったのが夕張メロンで有名な北海道夕張市です。バブルの時期に無謀なテーマパーク、スキー場開発やイベント誘致に巨額な税金を投入してしまった夕張市は353億円もの借金を抱えたため借金の返済が不可能であると判断され、国により財政再生団体(財政再建団体から名称変更)に指定されました。財政再生団体に指定されると国が借金を返すのを手伝ってくれるのですが、その代わり国から借金を返させるためのハードな計画を強制されます。その結果、夕張市長の月給が約86万円から約26万円に削減されたり、夕張市議会議員の数は18人から9人に削減、それまで6校あった小学校、4校あった中学校はそれぞれ1校ずつに統合されました。また、税金や公共料金が値上がりするなど市民の負担も重くなるなどかなり悲惨な状況になり、2006年に13045人いた人口が10年間で8851人にまで減少してしまいました。
消極的な理由で言うと、夕張市のような地方公共団体を作らないために。そして積極的な理由で言うと、地方をもっと活性化させるために地方自治改革が必要です。そんな近年の地方自治改革をいくつか紹介したいと思います。
●三位一体の改革
2001年に発足した小泉内閣により三位一体の改革と呼ばれる改革が実行されました。三位一体の改革とは地方自治において、①国税から地方税へ財源を移行する。②地方交付税交付金を見直す。③国庫支出金を減らす。という3つを同時に行おうとする改革のことです。では、これらの言葉について説明します。
全国の地方公共団体の歳入割合(2022年度:総額90兆5918億円)
地方税 | 45.5% | 地方で税金として集めて、地方で自由に使えるお金。 |
---|---|---|
地方交付税交付金 | 19.9% | 地方公共団体の格差を解消するために、国の税金の中から地方に配るお金。使い道は各地方公共団体の自由。 |
国庫支出金 | 16.4% | 国が地方に使い道を指定して配るお金。補助金とも呼ばれる。 |
地方債 | 8.4% | 地方公共団体の借金。都道府県が借金をする場合は総務省、市町村が借金をする場合は都道府県との事前協議が必要。 |
その他 | 9.8% | 地方譲与税、地方特例交付金など。 |
地方自治体の財源のうち、地方税のように地方独自に徴収した財源を自主財源、国に依存した財源のことを依存財源といいます。また、地方税、地方交付税交付金など、地方で独自に使える財源のことを一般財源、国庫支出金など、国に使い道を設定されている財源のことを特定財源といいます。
2022年度の全国の地方税の歳入全体に占める割合は45.5%にまで増えていますが、今から30年ぐらい前までは地方独自の収入である地方税の割合は30%程度に過ぎず「三割自治」と言われてきました。それに対し、国からのお小遣いである地方交付税交付金や国庫支出金の割合のほうが多く、地方にとってはこれらの資金が貴重な収入源となっていたため、地方公共団体の首長たちはより多くのお小遣いをゲットするために国のご機嫌とりに必死になってきました。
このように地方が国からのお小遣い(地方交付税交付金、国庫支出金)に頼る仕組みにより、地方公共団体の中にはお小遣いに甘えてしまって、自分たちの力で地域を活性化しより多くの地方税をゲットしようとする努力を怠るところも出てきてしまいました。そんな中、不景気の影響で国の税金としても地方にお金をばらまく余裕がなくなってしまったので、国の税金(所得税)のうち3兆円分を地方税(住民税)に移行する代わりに、地方交付税交付金や国庫支出金の金額を削減する。それにより地方に危機感を持たせて地方自治を活発化させる。さらに地方が国のご機嫌をとる必要もなくなるので、地方が国から独立した政治を行えるようになる。こうしたことを目的とした改革が三位一体の改革です。
●法定外地方税
三位一体の改革の実行に伴い、各地方公共団体は地方税をより多く獲得する努力をしないといけなくなりましたが、そんな中、法定外地方税を設定する地方公共団体も増えてきました。
税金名 | 導入した自治体 | 内容 |
---|---|---|
遊漁税 | 山梨県富士河口湖町 | 河口湖で釣りをする場合1050円の遊漁料を払うがそのうち200円が遊漁税 |
宿泊税 | 東京都 | 1泊1万円以上のホテルに宿泊した場合100円、1万5000円以上のホテルの場合200円の課税 |
歴史と文化の環境税 | 福岡県太宰府市 | 二輪車50円、普通車100円、マイクロバス300円、大型バス500円を駐車場料金に上乗せして徴収 |
地方税の多くが住民税、事業税、自動車税など全国共通の税金なのですが、条例を制定することによりその地域限定で設定できるのが法定外地方税です。法定外地方税のうち、使い道が決定している税を法定外目的税、使い道が決定していない税を法定外普通税といいます。そこに住んでいる人たちだけに課す税金なんか作ったら文句を言われそうなので、上の表を見ていただいたらわかるように、法定外地方税にはその地域の人たちが支払う税よりも、よその地域からやってくる人たちに課税するパターンが多いようです。
●ふるさと納税制度
地方税は東京などの人口や大企業の多い地域でたくさん集められる反面、過疎化が進む地方では地方税の徴収に苦労し、そのことがさらに過疎化を加速させています。そんな状態を変えるために2008年からふるさと納税制度というのが導入されました。
ふるさと納税制度とは、今住んでいる地域ではなく、自分の故郷や自分が応援したい地方公共団体に寄付の形で納税すれば、自分が本来納めなければならない住民税や所得税が免除される仕組みです。この制度が始まった当初は、東京で活動する芸能人たちが自分の故郷に納税したニュースが美談としてよく流れ、私の住む広島県でも、広島出身で当時阪神タイガースの金本選手が広島県にふるさと納税してくれたお金が広島県のスポーツ振興資金に使われているという話を聞いて、大好きなカープを裏切って(?)FA移籍した金本選手をちょっと許してやろうという気持ちになりました。
しかし近年、各地方公共団体がふるさと納税してくれた人たちに対し、牛肉や海産物、宿泊券などの高額な返礼品を渡すことが流行し、ふるさと納税の本来の目的が失われてしまったと批判されました。
税金とは本来、自分の住んでいる国や地域をよりよくするという未来への投資だと思います。それでも、過疎化が深刻な日本では、自分を育ててくれた故郷に感謝の気持ちを込めて、故郷に税金をプレゼントしてあげるというのはある程度許されるのかなという気はします。しかし、肉や魚などの高級食材に目がくらみ、まったく縁もゆかりもない地域に大事な税金を渡してしまうというのは、今住んでいる地域に対する裏切りであり、それにより自分が今住んでいる地域の行政サービスを低下させ、自分の住んでいる街を済みにくい街にしてしまっているということをも自覚してほしいと思います。まあ、このあたりは、税金は「払うもの」であり「使うもの」であるという感覚の乏しい、日本人特有の問題であるような気もします。
●機関委任事務の廃止
地方公共団体では、首長をリーダーとして、地方議会で作られた条例・予算に基づいて政治を行っていくことになっているわけですが、地方公共団体の仕事には地方独自に行う仕事のほか、国から依頼されて行う仕事も含まれています。そのため、こんな問題がありました。
2000年までは、地方公共団体が行う仕事には、固有事務と団体委任事務と機関委任事務の3種類があったのですが、なんと当時は地方自治の事務全体に占める機関委任事務の割合が約80%だったため、地方自治は国で決められたことにただ従うだけにすぎず、地方独自の政治は行われていないに等しい状態でした。そこで、まず1995年には地方分権推進法が制定され、機関委任事務が段階的に減らされていったあと、2000年には地方分権一括法が制定されて、機関委任事務は完全に廃止されることになりました。その結果、地方公共団体が行う仕事はこのように分類されることとなりました。
地方自治を活性化させるための理想としては、自治事務が増えていくことです。そして、機関委任事務の代わりに法定受託事務というのができましたが、機関委任事務というのが国からほぼ強制的に委任された「国の仕事」であったのに対して、法定受託事務は国から託されてはいるものの「地方の仕事」という位置づけなので、機関委任事務のような国の監督権はなく、もし国から仕事内容に不満があれば、総務省に設置されている国地方係争処理委員に訴えて、拒否することもできるようになりました。
●構造改革特区・国家戦略特区
小泉内閣の時代の2002年に構造改革特別区域法が制定され、国に申請することにより構造改革特区に指定される都市が出てきました。構造改革特区とは、政治上の実験のために、新しい事業を起こすときに必要な許認可の基準を特別にゆるくしてもらえる都市のことです。6時間目:内閣のところで説明したように、内閣の官僚は新しい事業を起こすときに必要な許認可を与える権限をたくさんもっており、新しいアイデアを持っていても、国からの規制により実行に移せないという地方公共団体や企業が多くありました。そこで、国に申請して構造改革特区に指定されれば、こうした規制を受けることなく自由に事業を起こすことができるようになりました。例えばIT産業を育成のためIT企業設立の規制をゆるくしてもらったIT特区、農業の育成を目的として、農地を所有する規制をゆるくしてもらった農業特区、小学校・中学校の一貫教育の許可をもらった小中一貫教育特区などがありました。このような自由を各地域に認め、地方を活性化させるだけでなく、成功例は国の政治でも採用していこうというのが日本政府の考えでした。
さらに第二次安倍内閣で国家戦略特区というのも登場しました。これは発想は構造改革特区に似ているのですが、構造改革特区が地方からの提案により指定を受けるのに対し、国家戦略特区は首相を中心とした国主導で特区が設定される点にあります。その結果、国家戦略特区の一環として愛媛県今治市に新設予定の岡山理科大学だけに獣医学部を設置することが認められた時は、安倍首相が友人である岡山理科大学の理事長のために指定したのではないかと問題視されました。
●平成の大合併
1999年の時点で全国には3232もの市町村がありましたがその後の10年間で市町村合併が急速に進み、市町村の数は2014年には1718にまで減少してしまいました。子供の頃、地理が好きだった私は、地元である広島県にある83の市町村名を頑張ってほぼ覚えていたのですが、その市町村のほとんどが消滅し、現在広島県の市町村は23の市と町に統合されてしまい、特に広島県内の「村」は完全に消滅してしまいました。今の時代に生まれた広島県の地理オタクの少年たちは23個しか覚える必要がなくうらやましいです。
国が市町村合併を奨励したのは、地方交付税交付金を減らしたかったというのが一番の理由です。財政支出を少しでも減らしたいと考えた日本政府は、地方交付税交付金を交付しないといけない貧しい市町村の数をできる限り減らしたいと考え、市町村合併特例法という法律を制定しました。この法律の中で、市町村合併促進に最も効果が大きかったのがこの時期に合併をした市町村には合併特例債を発行して借金することを特別に認めたことです。例えば合併により大きくなった市が新しく市役所の庁舎を建てることにした場合、合併特例債の発行による借金をすることができます。しかもこの合併特例債による借金は国が70%払って返してくれるというというルールです。つまり100万円の借金で買い物をしたら70万円を国が変わりに払って返してくれるので、実質30万円の出費で100万円の商品を手に入れることができる。こんなおいしいルールの合併特例債に多くの市町村が飛びつき、市町村の数は一気に減ってしまいました。
市町村合併が進むことにより大規模な市町村が数多く誕生しました。スポーツファンの私として衝撃的だったのが、サッカーJリーグの浦和レッズで有名な浦和市と大宮アルディージャの大宮市が合併し、ひらがなのさいたま市が誕生したことと、清水エスパルスで有名な清水市が静岡市に合併されて消滅してしまったことです。その結果、さいたま市と静岡市は政令指定都市に指定されました。
政令指定都市とは人口50万人以上の大規模都市になると指定されることのできる都市で、指定されると国から他の都市よりも大きな政治上の権限が与えられます。現在は札幌市、仙台市、新潟市、さいたま市、千葉市、川崎市、横浜市、相模原市、静岡市、浜松市、名古屋市、京都市、大阪市、堺市、神戸市、岡山市、広島市、北九州市、福岡市、熊本市の20都市が指定されています。また、人口30万人以上の都市は中核市、20万人以上の都市は特例市に指定されることがあります。
政令指定都市が誕生し、国から独立した政治をそれらの都市が行うようになることは地方自治の視点から見るといいことなのかもしれません。同じような動きとして、福祉や廃棄物処理事業などを複数の市町村が合同で行う広域連合が設立されたり、今後はいくつかの都道府県を合併して州を作って政治を行わせようという道州制の導入などの議論も出てきています。
しかし、地方公共団体の規模が大きくなればなるほど、住民一人一人の意見を届けることが難しくなり、住民のきめ細やかなニーズにこたえるという地方自治の本来の良さが失われてしまうことにもなります。
政治経済の先生である私は、時々生徒たちに「先生はそんなに政治に詳しいのだから、先生が国会議員になったらいいのに」ということを言われることがあります。もちろん私は政治経済教員という職業が大好きなので、政治家になるつもりはありませんが、あえて政治家を目指すとしても、国会議員という職業には全く魅力を感じません。例えば私が国会議員選挙に立候補して当選したとしても、私は合計713人(衆議院465人+参議院248人)の国会議員の1人に過ぎません。私が必死に自分の意見をアピールしたとしても、私の意見は残る712人の国会議員にかき消されてしまうような気もするし、彼らの過半数を仲間に引き入れて自分が内閣総理大臣になる自信もありません。さらに、国会議員になると、1億2300万人の日本人を幸せにしないといけません。しかし、そんな多くの人たちを幸せにできるような政治を行う自信もありません。
しかし、小さな町の首長になれるというのなら、私はちょっとだけなら魅力を感じちゃっています。例えば現在日本で最も人口の少ない市町村は東京都青ヶ島村で、人口は約170人です。そんな小さな村の村長になって、170人の村民たちと話し合い、協力しながら、170人がどうやったら幸せになれるかを考えながら働く…。もちろん、私は青ヶ島村に縁もゆかりもないので突然青ヶ島村長に立候補することなんてありませんし、当選するわけもありませんが、そのような政治こそ本来の政治の基本なのではないかと思います。
みなさんの中にも将来、政治家になりたいという人がいるかもしれません。そして、衆議院議員や参議院議員、あるいは内閣総理大臣になりたいという大きな野望を持つのもいいでしょう。しかし、真の政治に関わる喜びを感じたいのであれば、地方議員や首長を目指すというのもお勧めしたいと思います。「地方自治は民主主義の学校」なのです!
2024年3月12日